第8章 空白の時間
「まあ、こういうこった。あいつは俺が実験の記録をここまで見ているだなんて知らねえんだよ…言わねえようにしてたからな」
「……蝶の奴、見て見ぬふりしてたって…」
「あー…あれは多分本当にそこまで頭を回しきれてなかっただけだろう。あいつ曰くここまで自分に良くしてくれたやつは初めてなんだとか……離れたがる理由までそれに繋がっちまうし、もっと早くに向き合ってりゃ良かったと思ってるさ」
本当に、とっとと認めちまってれば…あいつにあんな事を言わせるまで、追い詰めることもなかっただろうに。
蝶の事は、俺が知らない時間の方が圧倒的に多い…本当に、人体実験以降のものしか、理解出来ているものなど少ないのだ。
聞いていいものではないような気がしたから…触れてはならないような場所であると思ったから。
「なんか、想像もつかないレベルのもんばっかで……改めて今のあいつ見てると、よくあんな風に育ったなって思いますよ」
「おう、可愛らしくなってくれてやがるからな…だが俺が今一番気になってんのは、四年前からの実験だ」
俺の呟きに立原はハッとして、何を言おうとしたのかの察しをつけたようだった。
「あいつは今回、幸運な事にたまたま施設のシステムエラーによって解放されたそうだが…過去のこんだけの実験を見てると、妙によくちらつく単語がありやがる。蝶の身体をただ面白半分に弄っていただけとは到底思えねぇ」
「目的が…やっぱり、幹部が助け出した時には、まだ実験は成功していなかったっつう事なんすかね」
「恐らくな。あいつの身体が必要だったから、わざわざ攫いにきたんだろ。……この数年の間にあいつが何をされて、それがどうなったのかのデータが無ェ…本人になんかとても聞けねえし、それしか俺には、あいつを理解する手段がねぇ」
組合との件は恐らく、拠点の位置さえ掴めりゃ何とかなる……何とかする。
しかし俺が気になるのは、俺の知らない蝶の時間。
離れていた間に…あいつがあんな風に甘えたがりになって、以前に増して怖がりになっちまってる原因となる、その時間。
「…組合と片がついたら、奴らの拠点を徹底的に調べ上げる……俺の知らねえ蝶の時間の手掛かりになるかもしれねえ」
「!でも発信機の信号を外部からキャッチされるとやばいんすよね!?そんなの、どうやって…」
「その辺は心配すんな、もう筋道は出来てっから」