第8章 空白の時間
『…お二人共、私が四年前に捕まるよりももっと前に、人体実験を受けてたのは知ってますよね?』
「あ、ああ。それは勿論」
フランシスさんの表情もどこか焦ったようなものになって、私自身も笑うような余裕がなくなってきて、苦笑いになって言葉を紡ぐ事しか出来なくなった。
『中也さんに拾われるもっと前に、判っちゃったんです。私、身体の中に卵子が存在しないみたいで…馬鹿ですよね、ずっとずっと生きてきてて、そんな事を今更知っただなんて』
「卵子が…!?存在しないって、どういう…」
私にもそれは分からなくて、首をふるふると横に振る。
『だから、あわよくば好きな人と結ばれるようなことがあっても、素敵な人に好意を寄せられていたとしても、結婚するところまでにはいけないんです。…辛いじゃないですか、大切な人のその先の人生を奪っちゃうの』
本当は誰とも、恋人になんてなるのもいけない事だと分かってる。
その人には一度きりしかないその人生を、私なんかの為に費やしちゃダメなんだ。
私は子供が産めないんだから。
大好きな人を幸せにする事が、どう足掻いても出来ない身体になっているんだから。
「君も女性だ、気持ちは察するところはある…しかし、何もそれだけが全てではないだろう」
『それでも私の事を面倒見ちゃうような人がいるんですけどね?だからこそ、ある程度の年になったらちゃんと離れないといけないんです。私に…私が縛り付けてちゃ、本来普通の人と普通に幸せな家庭を築いていける人の、二度と戻ってこない人生を無駄にさせちゃいますから』
言うと同時に自身の喉が震えるのが分かった。
そうだよ、離れなくちゃいけないんじゃない。
今までどこかで見て見ぬふりをして、中也さんに甘えきっていた。
でも、好きだからこそ、大切だからこそ、ちゃんと離れないといけない。
私と違って普通の中也さんから、私の為に普通の幸せを取り上げちゃいけない。
あんなに素敵なかっこいい人に私のような重荷を縛り付けていくだなんて、どれほどに罪深い事だろうか。
『……でもせめて気持ちだけでも伝わったらいいのにな…そうだ、私基準の年齢で考えてちゃダメですよね。ちゃんと相手の年齢を考えて離れる時期を決めなくちゃ』
「ち、蝶ちゃん?君、一体何考えて…」
『…大丈夫、前から考える事は何回もあったから。知らないふり、してただけなの』