第8章 空白の時間
『……フランシスさん、早く首、付けてください』
弱い声。
なんて頼りない声。
「…君は今、逃げようと思えば逃げ出せるはずだ。あの男の元に帰る術を持っているだろう」
『逃げないって約束ですから……それに私、中也さんに誰なんですかって聞いちゃったんですよ?帰れるわけ、ないでしょ…っ?早く付けて下さいよ…ッ、じゃないと私、今自分を殺したいくらいに情けないの!!……でも死んじゃダメなの…』
「いいのか。これはこれで怖いだろうに…そうだ、死んではならない。だが俺は、君が恐れるこの枷は今、もう無くてもいいんじゃないのかとも思うんだが」
私が逃げない事を分かっててフランシスさんはそう言っているんだろう。
私の事をどんな風にであれ、考えてくれているのだろう。
『付けて、下さい…間違ってもあの人のところに行かないようにして下さい。自分が情けなさ過ぎて恥ずかしい…』
「……分かった、言う通りにしよう。しかしそう気に病むんじゃない、原因があるのは俺達…いや、俺の方だったんだからな」
『フランシスさんのせいじゃないですから……ッ、…』
首元がゾワリとして、冷たい枷が簡単にまたはめられてしまう。
取るのにあんなに苦労した枷が、こんなに簡単にはめられてしまう。
これでいい、これでいいんだ。
自分からなんてとても帰れない。
中也さんが帰ってきてもいいって言ってくれるんなら、きっとここに来てくれるはずだから。
____いいからとりあえず帰ってこい!!組合の拠点になんか戻らなくたっていいんだよ!!
うん、そうだね、言ってくれてたよね中也さん。
相変わらず馬鹿みたいに私に甘かった、優しかった。
____記憶なんか後でもいいだろ!?馬鹿かお前はっ、折角会えたのに、なんでお前から離れていっちまうんだよ!!?
本当に馬鹿だよ私、中也さんの事忘れちゃってただなんて。
中也さんとの約束、いっぱいいっぱいやぶっちゃって。
帰ってこいって、戻ってこいって言ってくれていた中也さんにまた胸がしめつけられて、指輪のある胸元を手でギュッと押さえつける。
大丈夫、中也さんは、きっとまたお節介しに来てくれるから。
またいきなり私のところに現れて、いきなり私の事を連れ去ってくれちゃうはずだから。
私の事を、見捨てたりなんてしてくれないから。
自分に言い聞かせるように、掌をまた痛くした。