第8章 空白の時間
「思い出せたのかい?…気分は。相当苦しそうなように見えたが」
『……はい、全部思い出せました。あーもう本当、嬉しいなぁ…なんであんなにかっこいいんだろうあの人』
笑ってるはずなのに涙が次々こぼれ落ちて、それを指でひたすら拭い続ける。
かっこいい…かっこよすぎるよ、中也さん。
「かっこいい…俺には男の善し悪しはよく分からんな」
『ふふっ、そういうんじゃないんですけどね。…なんで十四歳の人があんな事ばっかり言うかなぁ……』
小さな頃に言われた中也さんの言葉が頭の中を駆け巡る。
____白石 蝶、今日からはそれが手前の名前だ、何かあったら俺に言え、蝶。
この俺が拾ってきた奴が、誰に許可を得て死のうなんざ考えてやがる。
例え手前が死んだって忘れねえよ、“白石 蝶”は、俺が絶対ぇ忘れねえ____
『だから死ぬまで俺と一緒に生きてくれとか…プロポーズじゃないんだから…』
呆れたような言葉を口にしたって、色濃く思い出される彼との思い出が涙を止めてくれない。
とても十四歳の男の子が言えるような台詞じゃないし、私の事をそこまで受け入れた上での発言がそれなのだ。
こんな、死ぬ事も出来ないような化物に、人間としての生を与えてくれたんだ。
泣いて顔をぐちゃぐちゃにしてるのを隠しきれてなかったくせに、かっこ悪い顔してたくせに、そうやってかっこいい事ばっかりしてくれちゃうんだ。
『…ッ、……ダメだなぁ私っ…。なんでこんな事忘れてたのよ…中也さんに誰なんですかなんて聞いちゃった……分からないなんて言っちゃったぁ…っ』
自分の想像出来なかったくらいの幸せをくれていたあの人に。
幸せが大きくて、それだけに自分のした事が許せない。
そうだ、ここに来て部屋着を見せられてそれだけでもうどうしようもなくなって、いつの間にかわからなくなっていた。
私にここまでしてくれた中也さんに…一番一番大好きな中也さんに、覚えていないなんて…
先程までとは全然別の涙がポロポロと溢れ始めて、喉をひくつかせて腕で涙を拭って泣きじゃくる。
泣き虫な私を抱きしめてくれる中也さんは、いない。
あやす様に頭を撫でてくれる中也さんもいない。
キスをしてくれる愛しい人が、今はいない。
自分から手放してきちゃったんだから。
『会いたくないの…っ、もう見たくないのッ』
嘘つき。ごめんなさい__