第8章 空白の時間
「泣き虫って、せいぜい君の前で…それも原因は大体中原君だろう?」
首領の言葉がグサリと刺さる。
流石は首領、最もなご意見だ。
「唯でさえ君は他より口調が荒いし言い方がきつくなる時があるし。蝶ちゃんだって最初の頃、手前って呼ばれるの相当怖がってたしね」
「ぐっ、…」
「おや?その反応はまた何か最近やらかしてしまったのかい」
「……つい癖で手前呼びを…あと、多分さっき記憶が無かった蝶には相当キツくなるような事を言っちまったと思います」
今ではお前呼びで慣れてくれ、怖がらなくなってくれたからいいものの、俺の事を覚えていなかったあいつに…白石蝶が生まれたばかりの頃のあいつには、相当胸に刺さるような言葉を吐き出してしまったはずだ。
記憶が無いだなんて思っていなかったにしろ、必死に俺を思ってくれていたあいつに対して、蝶がこんな奴なはずがないと言うようなことを言い放ったのだ。
記憶のない中で怖いながらに俺の事を思い出そうと、自分の事を思い出そうとしていたあいつに。
こんなつもりは無かったのだが、記憶のなかった相手からすれば、本人が言っていたようにお前は蝶ではないと言われたようなものだろう。
俺が突き放しちゃいけなかった。
「久しぶりにあいつの口から中原さんだなんて呼ばれて、そこで初めてああ、やっちまったなって思ったんです…またあいつに謝らねえと」
「蝶ちゃんが中原君の事をそう呼ぶとは懐かしい。うん、早く謝れるように、何とか手を打ちたいところだね」
首領の言葉に今はそうだなと自分の中でも納得する。
敵の拠点がどんなものなのか分かっていても、発信機が使えず目でも見えない状態ならば、突入する事すら不可能だ。
悔しいが、何とか太宰に…探偵社に協力体勢を築いてもらわなければならない。
まあそこは首領の考えに則するやり方が恐らく一番確実だろうから、指示が出るまで待つしかないのだろうが。
「あ、あと中原君。君には少し…いや、かなり酷な事を言うかもしれないんだが」
「?なんですか、酷な事って」
「君はさっき、敵の男の行動で蝶ちゃんが記憶を取り戻したような発言をしていたと言ったね?」
首領の言葉にはいと頷く。
あいつのあの様子なら、俺の事を思い出していたとしか思えない。
「なら尚更大事だから言っておくよ…人が失った記憶は、そう簡単に戻ってくるものじゃない」