第8章 空白の時間
「もし俺が怪我でもして意識がない時にあいつが来るようなことがあったら、気絶させてでも移させないようにしてやって下さい。多分俺に何かあったら、あいつの事ならやりかねませんので」
「うん、任せておいてくれ。蝶ちゃんには中原君の言葉が一番効くからね…それに小さい頃もそれで君がこっぴどく怒っていたんだ。分かってくれるさ」
「ははっ、今思えば怒りすぎちまったような気もしますけどね。俺もやっぱりまだ餓鬼だったというか…」
俺が汚濁を使った後に蝶に対して本気で怒鳴りつけた日。
あれは俺自身は勿論だが、蝶本人だけでなく首領や広津さん姐さんに…太宰。
あいつに至るまでの数々の面々の中にも色濃く残っている事だろう。
あの蝶が初めて俺以外の奴らの前で泣いた時だった。
子供みたいに…まあ本人の身体の年齢としてみては本当にまだまだただのチビな餓鬼だったわけだが、何がいけなかったのかも分からずにただただ泣いていた。
見ているこっちが辛くなるくらいに泣かせてしまっていた。
しかしあろう事かあの頃の俺は、どこか頑固になっていて、何日もあいつの事を許してはやらなかった。
結局解決したのは周りの力添えもあったからで、認めたくはないが思春期真っ只中という厄介な年齢だった俺は、それで初めて教育というものの難しさに気がついたのだ。
何でも知ってて何でも分かってて、だからこそ肝心な部分が何も分からなくなってしまった蝶に、ちゃんと教えていかなければならないと。
まずは、自分の思っている事をちゃんと伝える事から始めなければならなかったのだと。
「中原君も親らしくなったものだよ。ああ、でももうただの名付けと育ての親じゃなかったね…蝶ちゃんが子供を生みでもすれば、それはまた可愛い子が生まれてくるんだろうねえ」
「ブッ!!!?ゲホッ!!ゲホッ、ゲホッ……!!」
唐突過ぎる首領の話に思いっきり噎せ返った。
親らしくというところまではなんとか耐えたが、それにしても蝶とそうしてああしてそうなる事など、想像をするわけにはいかない。
考えるのが流石に早すぎる。
それに、思わず噎せ返ってしまいはしたが、そうなる事はきっとないのだと分かっている自分がいて、呼吸を整えてからそれを知らない首領に伝える。
「ボ、首領…その事なんですが、蝶の前では言わねえでやってください。…子供、産めないんすよあいつ」