第8章 空白の時間
「そ、うですね…あいつのいる組合の拠点、居場所さえ分かれば状況に応じて、いつでも突入する覚悟はしていますんで」
「蝶ちゃんの事となるといつにも増して頼もしいねぇ、全く」
「……あいつの為なら、“汚濁”を使って死ぬ覚悟だって出来てます。そうなると蝶の奴がどうなっちまうか正直かなり心配なんで、死ぬつもりがあるわけではないんですが…………何分今回はかなり頭にもキてるんで」
グッと拳を握りしめて、痛いくらいに掌に爪を食い込ませる。
想像しただけでも組合の奴を殺してやりたいくらいの衝動に駆られてしまった程だ。
あいつがくしくも蝶の理解者である為手を出すのを必死に抑えはしたが、先程蝶を攫ったあの二人組にもし次会いでもすれば、それこそ汚濁でもなんでも使ってやりたくなる…そんな気がする程に、今の自分には余裕が無い。
大人だから、一組織の重役だから…そして何より、あの少女が好きだと言い続けてくれている俺自身であり続ける為に、冷静になれ、冷静になれと自分の頭を、身体を、無理矢理理性で押さえ込んでいるに過ぎないのだ。
汚濁…あれは蝶が俺にあるものの中で恐らく唯一と言っていい程に嫌いなものなのだろう。
俺自身、あの力に満足なんかした事はないし、使うにしたって太宰なんかに頼らなくちゃならねえ………下手したら、二度と蝶の顔をまともに見ること無く俺自身が終わってしまうかもしれない。
そんなリスクがあると分かっているのに、蝶の為を思うと本当はもう使わねえ方がいいものであるはずなのに、頭では分かっていても、抑えきれない怒りが漏れだして口に出る。
あれを使ってでも、蝶を誰にも渡したくはない。
あの少女を、俺以外の誰かの元になど、一秒たりとも置いておきたくはない。
「君自身からその言葉を聞くのは四年ぶりだね。でも、蝶ちゃんは多分僕と同じで、あまり使わないで欲しいと思うと思うが」
「勿論無闇に使いはしませんしヤケにもなりませんが、覚悟だけはしていますんで。お心遣い、感謝します」
「部下の命を軽く見るような者が上に立ってはいけないよ、それに僕は元医者だからね。相手が君にもなれば余計にだ…付き合いも長いし、そして何よりも蝶ちゃんの事を考えるといたたまれなくなる」
前に汚濁を使った時…あん時は本当に酷かったな、蝶の取り乱しようといえば。
今より小さな蝶を思い出して、口角を少し緩めた。