第8章 空白の時間
「おい手前、蝶にどこまでやった…手前のその顔、前にも見たぞ。本当はどこまでやったんだ」
「……胸だけだよ。それで蝶ちゃんが折れてくれるギリギリのとこまでして…下に手をかけたら、ちゃんとあっさり折れてくれちゃったから」
僕のこと殴らないの?
聞こえた声に拳を痛いくらいに握りしめて、歯を食いしばる。
「手前を殺してやりてえくらいの勢いだ……が、それをするとうちの人が良すぎる蝶が泣く。あいつが俺の手を…俺を好きだっつってくれてんのに、俺がそれを裏切っちゃいけねえ」
「ほんっと、むかつくくらいにそういうとこ真面目だよね君」
「手前こそ偽善くせぇことばっかしてんじゃねえよ。なんであんな言い方した?あいつがああなるって……!手前まさかっ…」
ふと、目の前の人間が、自身と同じく蝶の事を愛しく思う人物であると思い出した。
「……変なところで勘がいいのもむかつくなぁ。そうだよ、あまりにも思い出せなくて泣いてる蝶ちゃん見てるのが辛かったから……言ってたよ?君の事しか忘れてないはずなのに、なんでこれっぽっちの思い出しか自分の中にはないんだろうって」
「!どういう事だ…」
「だから、言ってたでしょ。君の事を考えていた記憶も忘れてたんだ…それだけあの子の中は、君でいっぱいだったんだろうね。僕の告白なんか見事に忘れられちゃってたさ、あの時も君の事をやっぱり考えてたんだろ」
想像しすぎてしまうくらいに想像がついた。
あいつはいつだって、俺と一緒にいたからだ…俺の事を一番に、自分の事よりも考えちまうような奴だからだ。
「ああ、でも昨日もいくつか思い出しかけてたな。そういえば蝶ちゃんがいつもつけてるあの指輪、君があげたものなんだろう?やけに大事そうにしてるけど」
「…ああ、あれか。もっともっとあいつがチビだった頃に、やけに指輪を見てやがったから買っただけだ。その頃から俺絡みのことで不安にさせたり辛くさせたりすると、すぐにあれを手で掴んで手を痛くする癖がついてやがる」
良かったのやら悪かったのやら…位置情報という部分は伏せておきはしたが、これは本当の話だ。
元々は本当にただのプレゼントとして買ったもの。
最終的にあいつからの提案で、発信機を内蔵したものだ。
「成程、よっぽどの思い入れがあるわけだ…昨日、あの指輪見たら気絶しちゃったんだよ。あれは御守りか何かなんだろうね」