第8章 空白の時間
「お、おい蝶っ、お前なんか変だぞ?何があった、言ってみろ」
『やだ、ッ、キスなんてしないで!!私に…ッ私にそんな事もう、しないでッ!!!』
耳を塞ぐように頭を押さえて、ただただキスという行為に怯えるように叫ぶ。
相手は顔を歪めて再び私の肩を掴み、どうしたんだ、何があったんだと問いただす。
頭の中に流てきたのは、誰かに無理やりキスをされた記憶。
そして思い出した感覚……嫌だ嫌だって怖かったのに、身体がゾクゾクおかしくなって、必死に何かに怯えていたこと。
キスをされるのが初めてじゃないんだとそこで気が付いた。
『あ、れっ?私、誰とキスなんてしてたのッ!?なんでキスなんか、してたの…ッ、ねえ、中也さんって、怖い人?私に無理矢理キスする怖い人?』
「蝶、何言ってんのか意味が…」
『ねえッ、教えて…!中原中也さんってどんな人なのッ、?なんで?どうやって私と出会ったの?なんで私に名前なんて付けたのッ?』
「……は、ッ?」
言った途端に、相手の顔から力が抜けるのが分かった。
『なんで…っ、なんで私は今色んな人と関わってるの?ねえ、貴方が中也さんなんでしょう?……教えてよッ、中原中也さんって、貴方の事なんでしょう…ッ?』
「!蝶ちゃん、やっと見つけ……た…………っ!!」
トウェインさんの声が聞こえた。
「おい、蝶…?ちょっと待て、今、何つった?……名付けの理由も覚えてねえって、流石に冗談キツいぞお前」
冷や汗を垂らして口角を引き攣らせて何とか笑おうと振る舞う彼だけれど、私の中では何かの記憶がフラッシュバックしていてそれどころじゃない。
冗談なんか、これっぽっちも言っていない。
『ね、教えて…っ?私、なんで今、生きてるの?』
「……やめろ、そんな事を聞くんじゃねえ、お前は蝶だろ?なんでんな事…ッ!手前っ!!」
トウェインさんが私の横に立って、私の肩に置かれていた手に触れる。
『!…トウェインさん、この人なんでしょ、中也さんって。私の本能がそうだって言ってるの、それに言われた通りの見た目の人…』
「……そう、この男が中原中也だ。蝶ちゃんが歩いて行くから、家にでも行くのかと思ってたけど…まさかこのタイミングで本人と出会うなんてね」
この手、離してあげなよ。怯えてるよ、とトウェインさんが言うと、動揺しきった顔で手を肩から離される。