第8章 空白の時間
街灯に照らされた道で、じっくりとその人の顔を見る。
向こうはやはり必死な顔をしているのだけれど、私は場違いな事にも、なんて整った顔立ちなんだろうなんて考えていた。
それだけじゃない、男性にしては少し長い髪、少し珍しい格好をして、私と服の趣味が似てる人…私の好みの服の人。
そして何よりも、肩から痛いくらいに伝わる目の前の人の必死さが、何よりもあたたかく感じられた。
敵じゃない…この人はきっと、私が忘れてしまった大切な人。
私の本能が言っている、私が大好きな人。
声を漏らすと本当にその人は中原中也さんだったようで、すぐに私の事を抱きしめた。
「お前っ、心配したんだぞ…!さっきコーヒー飲んでプリンでも食おうと喫茶店に行ってみりゃ、あそこの二人がさっきお前が来てたっていうから!!」
『え、あのっ、とりあえず落ち着い……ッ、んッ…ぅ、っ!!?』
言い切る前に、唇を塞がれる。
私、キス…してるの?
男の人と、キスしてるの?
突然の事に混乱するも、啄むように、私の存在を確かめるように、何度も何度もキスをする。
恥ずかしさに目をギュッと瞑っていると、口の中にヌルリと何かが入ってきて、私の舌をなぞり上げた。
『~〜〜!!?ッ、やっ!!!』
身体が一瞬目ゾクッとして、思わずその人の胸を押して顔を背ける。
何、してるの私…男の人とあんなにキスして……舌、入れられた……?
訳が分からないような、けれどもなんだか彼があったかいような…しかし自分の身体が変に反応したのが怖くて、何をしたんだと身体を震わせる。
「…ッ、蝶、?」
何も言えないで息を整えようと肩で呼吸をしていれば、彼の手が首元に触れ、私の服の中に指が少し入ってくる。
『ひあ、っ!!?何、 ッ、や、あっ!!』
それが擽ったすぎたのか肩がビクッと大きく跳ねて、声が漏れる。
しかし彼の手は離れずに、首につけたままになっていた指を引き出した。
「……これ、付けてたんだな…良かった、まさか会えるとは思ってなかったが。……蝶、俺本当に心配して」
彼の手が優しく私の頬を撫でて、顔がまたキスしそうなくらいに近付いてきた時だった。
『!!!や、ッ…やだ、何するのっ、?やだよ、やめてッ、来ないで…私に触らないでッ!!』
頭の中に、何かがフラッシュバックする。
気づいた時には、目の前の相手に怯えていた。