第8章 空白の時間
「あと、プリンはね?これ、蝶ちゃんが小さい頃に考えてくれたものなのよ」
『私が…?』
そう、と言って、私がここに来始めた頃には、まだこの喫茶店にプリンが置かれていなかったという事を話された。
「それで、蝶ちゃんがここでプリンがあったらなって言ってたのを聞いて、蝶ちゃんがイメージしてたプリンをそのまま作れないかって作ったの。それで試しに販売してみたら好評でね、蝶ちゃんもすっごく喜んでくれてたから、いつも来てくれたらサービスさせてもらってたのよ」
『……本当に、いただいてもいいんですか?』
どこからどう見ても私好みのプリン…よく似たものを作って、学校にも持っていった事があるような気さえする。
「いいわよいいわよ、その為に持ってきたんだから!なんならそちらの方にも一つサービスするわね!」
「え、僕!?そんなっ、大丈夫なのに」
半ば強引に女性はプリンをもう一つ持ってきて、トウェインさんの分も用意した。
押しに弱いのかトウェインさんはそれを受け取って、ありがとうございますと礼をする。
そして私も、それを食べようと瓶の蓋を開け、スプーンですくって一口口に運んだ。
『…………美味、しい…』
「!あらあら、大変っ…」
女の人はどこからかハンカチを取り出して私の目元にそっとあてる。
『っ、え……?なんで…』
もう片方の目元に触れてみて気が付いた。
涙が出てた…そしてそれを自覚するのと共に、何故だ何故だと頭の中がうるさくなる。
『…こんな、美味しいのに……なんで忘れてたんだろ…ッ、なんで、これを一緒に食べてた人が思い出せないんだろ……っ?』
「大丈夫、焦らなくっても。あれだけ二人共仲良しだったんだもの、きっと思い出せるわよ」
『うん…っ、うん……』
子供になったみたいに、声を大きくあげはしなかったけれども泣きじゃくった。
ここのデザートが、プリンが美味しかったのが思い出された…はずなのに、誰かと私が会話をしているような記憶が全く思い起こされない。
ただこれらのものが美味しかったという感覚が残っているだけ…誰かといた記憶が、ない。
「……ほんとだ、すっごい美味しいこのプリン。このプリンって持ち帰り出来ますか?」
「気に入ってくれた?勿論、持ち帰りもできるわよ!蝶ちゃんの為に作り始めたものなんだから」
口の中で、プリンがじんわりととろけていった。