第7章 克服の時間
私が彼の事を覚えていないと言ってから、トウェインさんもルーシーさんも、途中で駆け付けてきてくれたフランシスさんも顔色を変えたように焦り始めていた。
それだけを見てとっても…そしてドクターの言葉を思い返しても、私がその人の事をこれ以上にないくらいに思っていたんだって、どこかですんなりと納得がいったのだ。
だって、声にするのが幸せだから。
中原中也さん……中也さんって声に出すと、心がどこかあたたまったような気がしたから。
どこか虚無感のある私の心のぽかんと穴の空いたところが、じんわりと満たされたような気がしたから。
「どんなって…ええ!?僕が言うの!?」
『トウェインさんが連呼するから』
「いきなりどんなって聞かれても…ええ~……っと、とりあえず背が低くて口が悪い!そのくせ馬鹿みたいな強さで更に印象は悪い!ただむかつくくらいにかっこいいとこの僕が思ったり、意外と真面目なのか礼儀正しいところがある!!」
『え、それ本当に私の好きな人?背が低くて口が悪いのに礼儀正しいとか何それ、馬鹿なの?』
ブッと吹き出してトウェインさんは頭を抱えた。
『私口悪い人とか好きじゃないし、自分に強い口調使ってくる人って大っ嫌いなの。てかそれ、どう考えてもただの単細胞じゃない?脳筋でしょう?本当にそんな人なの、中原中也さんって』
「い、いやっ、紛れもなく君が大好きでいつもくっついて離れなかった中原中也だよ!?って、言葉にしてみると酷いなあの男、確かに単細胞……だけど蝶ちゃんがまさかそんな事を言うとは」
本当にベッタリだったのだろうか。
怖いと思わなかったの?私…それに、その人が私に名前なんてものを与えたの?
白石蝶は、そんな人が命を吹き込んだ存在だったの?
『だってどう考えてもめんどくさい人じゃないですかそれ。ガラが悪いのか真面目なのかどっちかにしてほしい』
「が、ガラは悪くないと思うよ多分!?服の趣味も悪くはないし…あの帽子はまあ素敵だけど」
『帽子?服の趣味って…服って人格出てたりしますよね。どんな感じです?』
帽子という単語に引っかかりはしたものの、すぐにそちらに興味が向く。
「どんな感じって……まさしく今君が着てるその服なんか、あの男をイメージしたんじゃないかってくらいに雰囲気が似てるよ。シャツにベストに黒ジャケットを腕まくりして…本当にまんまだ」