第7章 克服の時間
それからトウェインさんはまた少し悲痛そうな顔を見せたけれど、それだけでも良かったと少しだけ微笑んで、ドクターと一緒に廊下に出る。
フランシスさんと、少し後ろにルーシーさんもこちらに近づいてきて、私をまじまじと見つめる。
「しっくり…身体が覚えているものなのか」
『……そんなに呼んでたのかな、中也さんって。…そんなになるまで好きな人なんて、なんで作ってたんだろ、私。死にたいのに…死にたくなるのに、なんでもっと死にたくなるような事しちゃってたんだろ』
「…ボス、私は仕事に戻ります」
ルーシーさんがフランシスさんに一礼し、フランシスさんも返事をしてから部屋を出て行った。
「ミス白石、君のような年の女の子が、死にたい死にたいと口にするのは…俺にとっても心の痛むところがある。こんな俺にも、家族というものもいるんだ」
『家族…?……ねえ、フランシスさん。私、誰かと一緒に住んでたって…誰かと、家族みたいに過ごしてたんですか?人と、笑い合って過ごしてきたんですか…?』
「…ああ、そうだ。そしてそれも全て承知の上で、我々は君を無理矢理仲間に引き入れた…俺の所有物が、勝手に命を落とさないでおくれよ」
フランシスさんが少し伏し目がちにそう言って、廊下からトウェインさんとドクターが戻ってくる。
トウェインさんは顔がとても暗くなっていて、記憶の事に特別詳しいというその人が、話し始めた。
「もう分かっているとは思われますが、記憶障害が生じています。それも、聞いた話では特定の人物に関する今までの記憶全て…自分がその人について考えていた事までもが、記憶から抜け落ちてしまっている」
大事な人、大切な人……そして中原中也さんという私が好きだったはずの人。
どれだけの事を忘れていれば、こんなにもつまらない数の記憶しか残らないのだろうか。
一日が、二十四時間が積み重ねられてきたはずの記憶が…とても薄っぺらくて、なんでもないようなものに思えた。
思い出すだけでも、心の奥の方が冷めてくるようだった。
「そして、詳しくは伏せておくが…君は今日、かなり著しい精神的なショックを受けたと聞いている。それを溜め込みすぎた可能性もあると。恐らくそれが原因で間違いはないと思うが…それにしてもこんな事例は普通ない」
『!ど、どういう事ですか…?』
「君の記憶にいない人間は、たった一人の人なんだ」