第7章 克服の時間
いくら考えてもそれしか出てこない。
なんでだろう、もっといっぱい話をしているはずだ、あまりにも少なすぎるじゃないか。
もう何ヶ月間かあそこで一緒に生活してきたのに…一日の会話がその程度のもので、友達とあんな風に分かり合えるはずがない。
『友達…あれ、立原……なんで私、立原と友達になったんだろ。あれだけ折り合い悪かったのに…あれ、?おかしい…おかしいよ、っ………なんで?これだけ生きてきてるはずなのに、私、全然生きてない!!なんにも考えてない、なんにも聞いてないっ……私、なんにも…………』
「今戻った。トウェイン君、ドクターを連れてきたから、彼女をどこかに座らせてあげてくれ」
帰ってきたフランシスさんは、長白衣を纏った熟練そうなお医者さんを連れてきていた。
「う、うん…蝶ちゃん、とりあえずベッドにでも座ろ?椅子よりそっちの方が近いから」
『う、ん…!ねえトウェインさん』
ベッドに座る、トウェインさんに促されて座ってみて、トウェインさんなら絶対に分かることを思いついた。
「何?蝶ちゃん…何か分かった?」
『う、ううん…聞きたい事があるだけ。私、さっきもトウェインさんにベッドに座らされたでしょ?…ごめんなさい、何話してたか、忘れちゃった』
「「「!!!」」」
笑いきれていない顔を向けて、平気なふりをしようと無理な笑顔を浮かべてみせる。
「…蝶ちゃん、そこは覚えてないんだね?」
『うん、ごめんなさい』
謝らなくていいよ、と頭をポンポン、と撫でられる。
それからトウェインさんはまた手を離して、再び私の目を見て言った。
「好きな男の人、思いつかないんだね?……中原中也が誰なのか、分からないんだね…?」
『!またその名前……ねえ、誰なの?私、その人の事がそんなに大好きだったの?』
「…ああ、悔しいくらいに、君が大好きで大好きで仕方がなかった男だよ。今は無理して思い出さなくていい、ドクターには僕が話をしてくるから」
頭の中で中原中也という名前を繰り返してみても、全然しっくりこなかった。
中原さん?それとも、中原…?
脳内でそんな風に数回繰り返していた。
『……あ、れ…ッ?ちゅ、うやって…違う、これじゃない。ちゅう、や…さん、だ。ちゅうやさん…中也さん』
「!…何か思い出した!?」
『…ううん、中也さんって声にするのが、しっくりきただけ』