第7章 克服の時間
呼吸が荒くなる私の背中をさすりながら、トウェインさんは私の頭も撫で始める。
「蝶ちゃん、自分の名前、全部言える?」
『白石…白石、蝶』
息を切らせながら、何故か落ち着くこの行為に名前を言う。
「今の年は?自分の住んでたところも」
『今は多分十四歳…ごめんなさい、数ヶ月前に探偵社の社員寮に住んでたのは、覚えてるんです。でも、それより前の数年間と、ここ数ヶ月間、どんな場所に住んでたのか分からなくて……』
あれ、おかしいよね。
なんでそんな事もわからないの、本当に馬鹿になっちゃった?
なんで住んでた場所の景色も覚えてないの、なんで一緒に住んでた人を覚えてないの、なんで…
『おか、しい…私一回顔見て名前聞いたら、そんなに簡単に忘れたりしないのに……あれっ?なんで私、太宰さんと知り合ったんだっけ…なんで、ポートマフィアに入ってたんだっけ』
「これは…二人共、彼女を頼む。ドクターを呼ぶ」
フランシスさんが携帯を取り出して外へ出る。
「ずっと誰かの事を考えてたような覚えはない?」
コク、と頷いて、両手を頭に添えて、何度も何度も考える。
考えて考えて考えて、親しい人や大切な人がたくさんたくさん思い出される。
自分がこの姿になる前…人体実験で殺される前の事まで思い出しても、人との関わりを持っていたのなんて気が遠くなるくらいに“前”の事。
そんな人が今、生きているはずがない。
『ど、うしよう…何か変な感じ、十四に身体が成長するまで生きてるくせして、覚えてることなんてせいぜい実験の事と最近の事と………私いつも何考えてたの…?なんで私…名前をつけてくれたような人が分からないの……っ?』
私に名前をつけてくれた人なんて、初めて死を経験する前に一緒にいた人以来初めてのことだ。
名前は分かってるのに…この名前が自分の事を指すものであるのに何の違和感もなかったのに。
「…小さい頃に、どうやって実験施設から抜け出してポートマフィアに入ったのかは?」
首を横に振って、考えを巡らせる。
『…分からない…何も、知らない。名前、誰かがつけてくれたものだったの…そうだ、だって私が自分につけるわけがない。でも、それならなんで私、この名前を使って……色んな人と関わってるの……?なんで私、大切に思うような人達を、作ってるの?』
なんで?
なんで?
『なんで私、生きてるの?』