第7章 克服の時間
走って先に進み、階段を登っていくのを見届けてから、携帯を取り出す。
心の中でごめんなさいとありがとうを繰り返し、液晶を明るくする。
『…取り上げないの?これで逃げられるんじゃないかとかって、考えない?』
「君が今誰に連絡したところで、船で六時間もかかる距離にあることは把握済みだ。それに、目的はそこではないのだろう」
『よくお分かりなようで…誰かに聞かれると困るから、電波を遮断して電源を切ってるだけですよ』
言った通りに電源を消し、携帯を直す。
これでいくら頭のきれる太宰さんでもこちらの会話は聞けないし、元々そういう仕様にはしていたけれど、律が侵入してくる心配もない。
そしてフランシスに向き直って、先程の彼の言葉を思い出す。
太宰さんから聞いてた情報では、ステルス機能を搭載した巨大空挺…空を移動してここに現れたわけなのだが、そこまでのスピードの出るものでは無さそうだ。
そして今ここにいるということを考えると、相手は敦さんを捕らえたあと…正確な時間は聞いていないが、恐らく何時間も前に横浜を出ている。
つまりは、先程出発して今こちらに高速で向かってきている中也さんには、気付いていないのだ。
なんとか上手く時間を…一時間半でも稼ぐ事が出来れば、まだ望みはある。
先手を打たれて逃げる事は最早不可能。
いつだって相手は人質も取れるし…ウイルスにやられて既に倒れている皆を攻撃する事だって出来る。
「いやあ、それにしても驚いたよ。まさかあの場面で芝居をするとは…それに契約破棄だなんてものまで持ち出して。相当焦っているようだね?」
『焦りもするでしょう、敵の長が乗り込んで来てるんですよ?どこからどう来たのかは知りませんけど』
「それで、迫真の演技で全員を俺から遠ざけたわけだ。何か、考えか交渉…いや、お願いがあるのだろう?」
グッ、と奥歯を噛み締める。
そうだ、この人の言うように、最早人質にするしないの問題ではない。
どう足掻いたって、この人の気分一つで人質になんてされてしまうのだから。
『………お願い、こっちも今、切羽詰まってる状況なの。事態に収拾がついたら、大人しくついて行くから…だから、それまで待って。じゃないと皆が…友達が、死んじゃうかもしれない』
死なないものだとは断定済み。
けれど、治療薬があれば皆が楽になれる。
相手が敵なら演じきってやる。