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第6章 あたたかい場所


「泣いた…?蝶が?」

「そうよ。ここに来てから修学旅行であんたに再会するまで、あんたのことを思い出していくら辛くなっても、誰の目の前でも泣かなかったような蝶が泣いたの。まあ、カルマあたりならどうかは知らないけど」

蝶が俺になんの素振りも見せようとしないから…甘えついてきて嬉しそうな顔をしていたのに何の違和感も感じなかったから、深く考えようとはしてもいなかった。

「どんな具合でだ、教えてくれ。蝶が人前で泣くなんざ、それは相手に心を開いてる証拠だろ…どんな風にだ。あいつが俺に話せねえようなもん抱え込んでて、それがどれ位あいつを苦しめてる」

一つ息を吐いて教えられた情景が頭に、それも至極鮮明に浮かび上がって、また一瞬何も考えられなくなる。

この女にしがみつくように抱きついて、顔を涙でぐちゃぐちゃにするくれえに泣き腫らして、子供みたいに声を上げて泣いていた。
蝶が、喚くように…縋りつくように、子供みたいになるまで余裕が無くなるほどに、追いつめられていた。

理由は俺に話しにくいと言っていたあたり、恐らくこの女から聞き出せない。
そして蝶も、多分他の誰にも話していない。

「正直驚いた、あんなに精神的に参ってる蝶なんて見たことなかったから。まあ理由を聞けば、あの子らしい理由だったとは思うわ…それで色々話したんだけど、蝶がそっちに帰ったら、あんたから蝶を素直に甘えさせてやるのが一番じゃないかって思ったのよ」

「待てよ、昨日確かに泣いてたような気はするが、流石にあいつの作り笑いくらい俺だって見破れる。昨日は珍しいくらいにはしゃいで俺んところに嬉しそうに…………ッ、あいつまさか…」

そこまで自分で言って、世界有数のハニートラップの名手にヒントを与えられてようやく気が付いた。
珍しいくらいにはしゃいでいた、それだけがあいつの芝居だったんだ。

甘えに来てるのも、俺といて嬉しいのも楽しいのも、全て本当の事だから…それ以外を全て忘れ去るように、あいつにしては珍しく、それこそスイッチが入った時のように子供みたいになっていた。

だが、あいつの言う症候群とやらにはなってはいなかった。
あいつがそう、させていなかった。

「………俺から離れても、何も言われなかったぞ…あー、何でそこまで頭が回らなかったんだ俺は」

「意外ね、あんた。思ってた以上にちゃんと見てるんじゃない、蝶の事」
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