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第6章 あたたかい場所


蝶を風呂に入れてから、椚ヶ丘の奴らからビッチビッチと呼ばれていた女を思い出す。
イリーナ・イェラビッチ、俺なんかでも聞いたことのあるような、世界有数のハニートラップの名手。

二十歳なんかで世界に名を轟かせるような殺し屋になっているということを考えれば、相当な経験があるだなんてことはすぐに想像が出来る。

……俺でも気付かなかったような蝶の笑顔を見破った女。

「はぁ…クソッ、俺が絡んでんのは間違いねえはずなんだかな……」

思えば昨日だって、いつスイッチが入ったっておかしくないくらいには俺に甘えてきてやがった。
しかしそれに気を良くして、あいつの大事な癖を見落としていたんだ。

俺にくっつき続けていたのもそのせいか。

見落としていた…というのも勿論あるのだろうが、蝶の方が一枚上手だったということだ。

本当に俺が見たのもほんの一瞬の出来事で、それも制服の上からだったから、何にも疑問に思ってはいなかったが。

「………リボン握ってたって気付かねえって普通…」

蝶が寝付いてから何だか苦しそうにし始めて、そこで初めて、あいつが指輪を付けていることに気が付いた。
寝る時は首に巻いてたら危ないからと、小さい頃に散々注意して直させたはずだった。

俺にしがみついていたから、直接それに手を触れてはいなかったから。

制服のリボンをふと触っている節がほんの二、三回と、あとは風呂から上がってきてから心なしか赤くなっていた目。
極めつけはやはり昔の癖が出ていたのか、指輪を首にかけたままベッドに入っていた事。
そして何かに魘されていて…朝、俺に泣きついて来なかった事。

____「あんた、中原中也よね?蝶んとこの。連絡先知らないからカラスマのを借りたけど」

昼過ぎに、それも中途半端な時間にかかってきた、烏間さんからの電話。

「手前は…蝶んとこの教師か。俺に何の用だ」

英語担当だかハニートラップの担当だか何だか知らねえが、やけに俺に蝶との事を推してきていて、蝶に良くしてくれているという印象のあった教師。

俺にわざわざ話があるという時点で、蝶の事ではないかという想像くらいはついていた。

「蝶の事だけど…明日から数日、離れることになるでしょ?あの子、なにやらあんたに話せないような事があったみたいで…」

次の言葉を聞いた瞬間、俺の頭は真っ白になった。

「私の前で、泣いたのよ」
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