第6章 あたたかい場所
私がカルマ君に抱きしめられていて、私がそれに返しているのに気が付いたのか、忙しなかった足音はゆっくりとしたものに変わっていた。
「蝶、取り敢えずもう一回だけ幹部と話そう、絶対何か二人共勘違いしてっから!…さっき落ち着いてきてもらったから、今なら『いい』……は?」
『中也さんにはもう、こうやって迷惑かけないようにするの。……親離れ、しなくちゃっ、ね?』
親離れなんてただの口実。
そんな事これっぽっちも思っていない。
でも、好きな人だなんて、もう怖くて怖くて口に出来ない。
折角出来た、好きな人。
一番一番、大切な人。
「め、迷惑なんかじゃないのよ?中原幹部はいきなりの事に困惑してただけで…」
『……樋口さん、私さっき、中也さんに応えてもらえなかったばかりなの。こんな事、ないのに…っ、お願いします、怖いんです。中也さんにこれ以上、嫌われたくないんです』
嫌われたくない、それが本心。
本音なんてこんな風に単純なもの。
『拒まれるのも、応えてもらえないのも…聞いてもらえないのも自分から言うのも全部、全部怖いんです。………でもそれが知られて嫌われるのは、もっともっと怖いんです』
言い切ったら、カルマ君の手が撫でるのをやめた。
「…蝶ちゃん、俺も一回、ちゃんと話した方がいいとは思う。けど……今の中也さんと話をさせるのは正直、俺は許せない」
少し怒りを含んだような声でどこかに顔を向けるカルマ君。
何かと思ってそっちを横目で見たら、大好きなあの人が…私が大好きでいちゃダメなあの人が、顔を青くしてそこにいた。
「蝶、そのっ…さっきのは……」
『…いい、大丈夫です中也さん。私もちゃんと中也さん離れ出来るようにしますから……無理に私の事受け入れなくて大丈夫です。無理して私の事甘やかすのが好きだって思い込ませなくって、もう大丈夫です』
「!何言ってんだ、お前…」
もう、甘えていいですかなんて言わないから。
もう、中也さんの事そういう風に見て困らせるような事、しないから。
『……っ、離れるから、距離もちゃんととりますから!…私の事嫌いにならないでっ?もう困らせないようにしますから…嫌わ、ないで…っ?』
中也さんへのわがままはこれだけにするから。
貴方に嫌われちゃったら私……生きていけなくなっちゃうから。
少しの沈黙の後、足音が私の元に近付いてきた。
