第2章 暗闇の中で
「蝶、あんたあれでしょ?その帽子、好きな人にあげるのよね?」
『す、好きな人だなんてそんな!!恐れ多くて口が裂けても言えないです!』
赤面して恥ずかしがる蝶に、
「この間、人前であれだけ愛してるだのこの世で一番だの言ってた人間のセリフじゃないわよそれ。」と冷静に突っ込むイリーナ。
『あ、あれは太宰さんに嵌められて!!』
必死に弁解しようとする蝶に話しかけたのは、神崎だった。
「あの、飲み物買ってこようと思うんだけど、何か飲まない?」
『わわ、神崎ちゃん!飲み物か…紅茶、お願いします。出来ればストレートで!』
「分かった、買ってくるね。」
蝶は微笑む神崎に、本当は私も一緒に行くところなんだけど、と、自身の腕を掴んで離さないイリーナを横目に苦笑しながらお願いした。
「あ、あの〜……中原君?」
「…………なんすか、首領。笑うんなら笑ってください、さあ。」
新幹線の真上で聞こえた、蝶からの衝撃的な発言。
“好きな人”、そして“太宰さん”。
その二つの単語が発言された事によって、中原中也は多大なる勘違いを引き起こし、先程まで悶えていたのが嘘のように落ち込んでいた。
首領の森や彼の部下達は皆、蝶が中原の事を好いていた事は知っているが、現在がどうなのかは分からない。
ただ、帽子が好きで、仕事以外で使うものというキーワードにより、該当する人物は中原しかいないだろうということは検討がつく。
つまり現在、蝶の好意に気づいていないのは、蝶の想い人…当の本人である中原中也ただ一人。
森は、幼少期から溺愛していた蝶の恋心を、何とかして中原に汲み取らせたかったが、蝶の為を思うとそれも言えない。
他の彼の部下達もそうだ。
「あいつ、いつの間に太宰の木偶の事なんか…いや、あいつが幸せならそれでいいんだが。にしても太宰の野郎、いつの間に帽子好きになってやがったんだ?」
少し呟いてから、すぐに「ああああああ!!」と叫び出す始末。
このような幹部の姿は、懐かしい。
「中原君、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。」
「…でも俺、完全に俺の事だと勘違いしてたんですよ?恥ずかしい上に、あいつの好きな奴が太宰だなんて、俺は認めたくありません。」
父親か。
その場の全員が思った。
「勘違いじゃないかもしれないだろう?彼女は一言だって、太宰君の為にとは言ってないのだから。」