第28章 少女のいる世界
「…で、蝶ちゃん?本当のところを言うと、記憶はどの程度戻ってる?………どの程度“しか”、戻ってない?」
『鋭いんですね、流石です。…自分のことを、ある程度思い出したくらいですかね。中也さんに色々と助けてもらったっていうのや、プロポーズされたのやらならまあ…』
「それで?…引き止められなかったんだ」
『…無理でしょ、あんなに楽しそうだったんですから』
カラリと笑ってみせるも、首領の瞳はどこか私を見透かしたような…“ああ、またか”と言ったような目だった。
読心術でも使えば…なんて考えたところで、自分がどうしてそんなものを扱えるのだろうかと疑問に思ったりなんかして、問うことはできなかったのだけれど。
困ったように微笑んでから、首領は私に優しげな口調で言う。
「ははっ、こんな時、織田君でもいてくれたら本当に助かるんだけどねぇ」
『………織田、…?』
「…君、まさか…!……お、覚えてないの…かい、?」
あ、やっちゃった。
これは…いけない、覚えていなくちゃいけなかった人だ。
そしてそうなれば、この話は必然的に中也さんの耳にまで伝わってしまう。
また、彼の足を引っ張ってしまう。
あまり使いたくはないけれど、身体に染み付いた読心術を使い、その織田という人物を探ってみる。
そしてその本人に一番失礼なことを、今この場で私は行使する。
『…ああ、作之助。…すみません、呼び方がいまいちピンと来なかったみたいで』
「!…あ、ああ…びっくりしたよ」
合ってた。
そう、作之助…私はそう呼んでいたのか。
“どっちの”呼び方だろうと思いはしたが、どちらでも正解だったらしい。
とりあえずは、ごまかせた。
また、調べておかなくちゃ。
そんな風に考えていたところで、何故だか心が虚無に満たされたような気がした。
…誰なんだろう、その人。
私が疑問で返した瞬間に、首領の心拍数が一気に跳ね上がって動揺していた。
それほどの人物…私って、ポートマフィアでいったい…?
『作之助はまあ…、ほら、結局人間、成長しなくちゃですから』
「…君はもう、十分一人で頑張ってきたんじゃあないの?」
『ふふ、大したことないですよ私なんて』
樋口さん…それからエリスちゃん。
綺麗で可愛らしい女の子達。
そこに向かい合っていた、中也さんの表情が、頭にこびりついて離れなかった。