第23章 知らなかったこと
「で、誰なんだいその子…みたところ、えらく綺麗な子だが?」
ビクリと肩を跳ねさせて、思わず隣に座っていた太宰さんの背中に隠れるように外套を握る。
「…怖がらなくて大丈夫。いい人達だ…私が保証する」
『……ごめん…なさ、い』
「大丈夫。怒らない…私が怒らせない」
黒髪のボブの綺麗な女の人に、橙色の髪の、少しタレ目の男の人…そして先程の眼鏡をかけた人。
確か、国木田さん、谷崎さん、与謝野さんといっただろうか。
嫌でも敏感に感じてしまう視線が、やはり恐ろしい。
太宰さんがそこまで言ってくれているのに、それでもやっぱり…怖い。
「…今、私から触れても大丈夫?」
『!!…ど、…ぞ……』
小さな声と勇気を振り絞った。
すると、ゆっくりと…柔らかく頭と背中に触れる大きな手。
それにどうしようもなく懐かしさを感じて、どうしようもなく目の前の彼に縋り付きたくなった。
『太宰さ、…っ…こわ、かった……ッ、ま、た…嫌、だったのに、わ、たし…』
「うん…よく頑張った。よく耐えた…よくここまで来てくれた。大丈夫、君は少し体が成長しただけで、何にも変わってなんかいないよ……ちゃんと、白石蝶のままだ。ちゃんと、いつもの蝶ちゃんだ」
『!!!…っ、ぅ…あ…ッ』
覚えててくれた。
分かってくれた。
認めてくれた。
教えてくれた。
私はまだ、蝶のままでもいいんだって。
白石蝶でも、いいんだって。
「よく生きててくれたね…よく、また来てくれたね…」
____ありがとう、生きていてくれて。ありがとう、自分と出逢ってくれて。
重なる。
彼の遺した私への言葉と。
やっと戻れた。
やっと会えた。
ずっと会いたかった…この人と。
暫く声を押し殺して泣き続けれていれば、すぐに意識がまたなくなった。
私に入れられたホットミルクは、砂糖と蜂蜜が溶けている、私の大好きな味だった。
そして、私がおよそ三年半ぶりに久しく口にできたものだった。
帰ってきたのだ、頼れる人のもとへ。
安心できるところへ…私の居場所へ。
なくなってなんていなかった。
まだ、ちゃんとあった。
ちゃんとまだ受け入れてくれた。
起きた時にはまだ太宰さんはそこにいて…私の右手は赤くなり、相も変わらず指輪の跡がついていた。