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第23章 知らなかったこと


「…心配した」

『……なんで、探してきたんですか』

「……お前が、どこかに行っちまって…帰ってこなくなるような気がして」

織田作の家にいるのも苦しくて、けれど彼から離れたくなくて、彼の家の玄関の前でただずっと座っていた。

降りしきる雨にうたれ続けて日が傾き始めた頃…晴れていないのに、私のからだに打ち付けられていた雨粒が止む。

何かと思ったら、息を切らしてズボンの裾を濡らしきっている、大切な人がそこにいた。

顔を見なくても分かる…だからこそ、今は会いたくなかった。

『…帰って…風邪ひいちゃう』

「お前の方が冷えきってる…何も言わなくていいし、話さなくていい。けど、俺はお前を大事にしたい……お前の体だけでも、冷やしてやりたくない」

『………なんで…?なんで、大事なんて言うの…?…やめてよ…あなたもいなくなっちゃうんでしょ?あなたも私のこと、置いていっちゃうんでしょう…?』

ずるいことばかりが口をついて出る。
短気なあなたがどうして私を怒らないの?
怒ってよ…苦しそうな顔、しないでよ。

『なんで…なん、で…笑えないんだろ……得意、なのに。…中也さん、には…嬉しいことだって、あるのに…なんで、いい子にできないんだろ…?』

「やめろ…嬉しいことなんか、お前がそんな顔しててあるわけないだろ」

太宰さんがいなくなって、本当は大喜びなはずなのに。
今頃高いワインでも開けて、好き放題飲んでたっておかしくないはずなのに。

私がそれを邪魔しちゃ、いけないのに。

『わ、たしが…邪魔して、喜べないんでしょ…?…ごめん、なさい…っ、ごめ…ん、なさ…』

「…頼むから…謝らないでくれ、蝶……怒ってくれても嫌ってくれてもいいから…泣いてもいいんだから…っ」

この人の口から珍しく出た、泣いてもいいという言葉。
私が泣くのも嫌なはずなのに…辛いはずなのに。

『だ、って…中也さん、は……私が、泣いたら…辛いでしょう…?』

「!!…馬鹿…っ、泣きてぇのに泣けねえお前を見てるのが一番やるせないんだよ俺は…!」

あの人のように抱きしめて、あの人のようにいっぱい撫でて。
泣いていいって、許してくれて。

私にまだ居場所をのこしてくれてしまって。

『う…、ぁ…中也、さ…ッ……や、だ…っ、やだ…、嫌だよ…、ッ』

私のひどく曇った心は、雨で洗い流してはもらえなかった。
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