第15章 大切な人
無心になって準備を進めていれば、いつの間にか周りの音は耳に入らなくなっていた。
私が覚えているのは、せいぜい自分の受けた扱いとタバコのにおいくらいのもの。
チラリと遠目で人の集まり始めた会場を見てみれば、E組の中にもやはり親の来ているところは沢山いる。
親は何が楽しくて、このような場に足を運ぶのだろうか……子供はどうして、それを嬉しいと感じるのだろうか。
どうして、幼かった頃の私には、ああいう愛が無かったのだろうか。
準備を終えてE組のテントへ戻ろうと足を動かそうとすれば、白石さん、とどこか聞いたことのあるような声に呼び止められる。
はい、と後ろを振り向いてみれば、そこには浅野さんが立っていた。
『あ…おはようございます……って、そうだ。すみません浅野さん、私浅野君とあんな賭けを…今日こちら側が負けてしまったらちゃんとE組も出て行きますし、学校も退学で「その必要は無い」…え?でも…』
「賭けの内容は、退学ではなくA組への編入だろう?」
『い、いや、私は本来学校になんか通える身の人間じゃ…』
「私が許可する、それでいいだろう……ところで、今日は中原さんか福沢さんは?」
『え…____?』
浅野さんの許可をするという発言にも驚きなのだが、それ以上に最後の問いに頭がついて行かなくなった。
どういう事?
なんで…どうしてそんなところで中也さんや社長の名前が出てくるの?
「不思議そうな顔をしているね?どうしたんだい」
『へ…あ、い、いえ……ど、どうして中也さんや社長が…?』
「勿論君の様子を見に…てっきり来られているものだとばかり。挨拶をしにいこうと思っていたんだが、まだ見当たらないから白石さんに直接確認しようかと」
『私の…?どうして、そんなものを見に来るんです?ほとんど毎日、顔だって合わせてるのに…』
「!…君は……学校が初めて、だったね。優秀だからと、全く気付いてはいなかったが…そこは大人になってはいけないところだよ、白石さん」
頭に柔らかく手を置かれて、そう呟きながら横を通られる。
『そこ……?』
「…………いや、なんでもない。今日は君の活躍を楽しみにしているよ。私はそこまで棒倒し自体に興味は無いからね」
『!私の…そう、ですか。ありがとうございます……?』
「ああ、体調だけ崩さないようにね」