第12章 夏の思い出
あれから結局、渚君は全員から渚君と呼ばれているということで、とりあえずそこから徐々に慣らしていってみようということになった。
そっちは何故かすんなり呼べた。
なんだか新鮮だった気はするものの、敦さんを名前で呼び始めた時のようにスムーズに呼ぶ事が出来た。
そんなこんなで少しまた皆との距離が縮まって、中也の車に乗ってポートマフィアの拠点に到着。
立原と広津さんとはそこで別れて、中也に連れられて執務室へと移動する。
「いつもよりしんどいところ悪いんだが…やっぱ落ちなかったみてえでな」
『あ…浴衣……?』
うっすらと血の色が残ってしまった浴衣。
地色が黒だからまだ目立ちにくいものの、それでもよく見ればすぐに分かってしまう。
何より一番酷いのはやはり帯。
これに関しては色が明るいため、くっきりと血痕が残ってしまっている。
「どうしようか迷ってよ。お前がどうするか決めた方がいいと思っ……しんどくねえのか」
迷うことなく、血を抜いていく。
確かに何度も落とそうとされているために抜くには少し集中しなければならないのだけれど、これくらいなら大丈夫だ。
それにどうしようだなんて聞かれるまでもない。
『移動だけだから大丈夫…それに、私が貴方からの贈り物を簡単に棄てられるわけがないでしょ』
祭の会場で流してしまった血液は殺せんせーが上手く処理してくれたらしく、誰の手にも渡っていないとのこと。
だからこそ今回も、この分けた血液をどうにかしなければならないのだけれど…今回に限り、抜き出した血液は既に固まって固体となっているのだ。
この状態であれば扱いやすい。
単純に捨ててしまえばいいのだから。
袋に入れて口をしぼり、綺麗になった浴衣を見てから中也の方を向いて微笑む。
大事に使うに決まってるじゃない。
人からこんなに良くしてもらえたことなんて無いし、何よりも好きな人からしてもらうなんて事考えもしなかった。
「……そうか。そりゃ嬉しい話だな…」
微笑み返す中也に抱きつきながら、ある物を執務室内に五箇所、移動させる。
彼には悪いけれど、普段見るためのものじゃあない。
もしもの時のためのものだから、気付かれないように…
設置し終えてから中也に帰ろうと急かすように言うと、てきとうな返事をしつつも微笑ましそうに歩き始める。
さて、これからどう調査を進めていこうか…