第12章 夏の思い出
『嘘ついたら意地悪してくるからあの人』
「意地悪って…あの人がお前に?」
『うん、ここ二週間くらいね?照れるような事してくるのむこうなのに、こっちが焦って離れてとか言ったらいじめてくるの』
車の中で、どういう事だよ?と聞き返されて例を挙げて答えていく。
『素直じゃねえやつには仕置きだーとか言って撫でるのやめたり、首全力で擽ってきたり、耳元に息吹きかけてきたりちゅーするふりしてやめちゃったり』
「いや、うん、お前めっちゃ愛されてんなって思ったわ。どうぞそのまんまいちゃついててくれ、そして俺に具体的な話をするな」
『…あの人の頭の中で私はどんな事になってるんだか。そういえば立原って、好きな人とかいないの?そういう話全然聞かないけど』
立原に質問してみたら、予想よりもリアクションは薄く、ああ?と考え始められる。
なんでいきなり?と聞かれたためになんとなく、と返せば、少し真剣に考え始めた様子。
「好きな奴っつってもなぁ……まずその感覚が分かんねぇわ」
『中也さんだったら可愛いと思うとか次元が違うとか言いそう。ていうかあの人の可愛さの定義が分かんないんだけど』
「ああ、よく聞くわそれ。可愛い…とか次元とかなあ?……いや、多分それは俺とは違ぇわそれなら」
好きになるという感覚ではなかったのだろう。
少し考えた末に何故か困ったように笑いながら、立原は言った。
『違うの?でもそれって、ちょっと気になるような人はいるんでしょ?人生の大先輩に言ってみなさいな!』
胸を張ってふふん、と返すと、立原はまた困ったように笑う。
あれ、何かしら反論でもされるかと思ってたのに。
素直な反応してるのはどっちの方なんだこれは。
「気になる…っつうよりはまあ、本当に可愛らしい奴だな。あと見てて微笑ましいわ。ただし絶対ぇ恋愛対象なんかじゃねえ、これがそういう感覚だなんて言われたら俺多分その場で自殺するわ」
『ちょっとそれ何事?立原女運無いのもしかして』
「ねえだろうな、少なくともそういう風に見るような奴はいねえよ」
探偵社のビルの目の前で停車して、ほら着いたぞと促される。
車を降りて立原にまたお礼を言うと、帰りは広津さんが来ると伝えられた。
『ありがとね、お疲れ様。いい女の人見つけなよ』
「うるせえっつの……ありがとよ」
クス、と笑ってビルの中に入っていった。