第10章 名前を呼んで
『暑いもん…』
「〜〜〜!!!?」
顔に触れる、柔らかでフニフニとして滑らかな感触。
とても心地よくて蝶にしては質量を感じるようなそれ。
いったいそれが何であるのかなど、今日は散々話の種になったものだ。
分からない俺ではない。
『……!?ちゅやさ…っ?』
声も出せないしそれを触るわけにもいかないし、結局蝶の肩を掴んで無理矢理顔から引き剥がす。
呼吸を少し整えてから、これは流石に言い聞かせなければならないと考えて、蝶の目を見てちゃんと怒った。
否、怒ろうとした。
「…お、前ッ……なんて格好して……ッッ」
口では真っ当な反応を見せつつも、実際はそんなに冷静ではいられない。
シャツを一枚身にまとっただけで、先程俺の顔面に押し付けられていたそいつは下着という名の縛りから解放されていつもよりも大きく見えている。
更にはホットパンツを脱いだのであろう、黒いタイツのみ履いた下…シャツはボタンが外されていて本当に羽織っただけのようであったし、まるでこれじゃあ情事に移ろうとしているように思えて仕方がねえ。
『与謝野先生がね?胸ちゃんと見せたらちゅーやさんがいつもより可愛がってくれるってゆーの』
「なんて事教えられて帰ってきてんだよお前は!!?胸なんか見せなくても俺はお前の事いくらでも可愛がってやるぞ蝶!!?」
言った瞬間にピタリと止まる蝶。
何故だろうか、物凄く後悔した気がする。
駄目だ、この流れはいけないやつだ。
分かった時にはもう遅くて、蝶の両目から今度こそポロポロと雫が落ち始めてきた。
『ちゅやさ…っ、蝶の胸には興味ない……?これじゃらめ…っ?魅力ない……?』
「ち、蝶?興味とかなんでいきなり…み、魅力がないわけじゃあなくてだな」
『……ッ、女の子らしく、ない…っ?』
グサリと胸を矢で撃たれた。
こいつぁ駄目だ、破壊力が半端なさすぎる。
女の子らしくないとかんなわけねえだろ、絶賛格闘中だっつのこの野郎が。
「い、いや、お前はちゃんと女らしいぞ?だから『じゃあちゅーして』え…っ、と蝶さん?」
『ちゅー…』
駄々をこねるように言う目の前の少女に、駄目だ駄目だと思いつつも自分が抑えられなくなる。
キス、くらいまでなら。
ようやく、恋人というものになった。
それに甘えて、欲に抗うこと無く蝶の身体を引き寄せて、触れるだけのキスをした。