第10章 名前を呼んで
初めて私にそう言ってくれたのは、中也さんではなくて織田作さんだった。
私が大人になりきれていない子供だって、優しく褒められるのが嬉しいんだって、私の事を誰より早くに分かってくれたのが彼だった。
中也さんがそれを知ったのだって彼の助言があったからこそだったと本人から聞きもした。
中也さんに初めてしてもらった時、本当に、それまででは信じられなかったくらいに私の中で私が救われた。
子供になれて、素直に甘える事が出来た。
尊敬する人や大好きな人、私の事を認めてもらいたい人に、こうやって子供みたいに褒められることがどれだけ嬉しいか。
どれだけ喜びを覚えられるか。
緩みきった頬や口角を引き締められなくなって少し声を震わせながら、ありがとうと国木田さんに…皆に伝える。
それに応えるようにどういたしましてと笑顔で返され、皆は歓迎会を再開した。
「本当に好きなんだな、撫でられるのが。前からこうしてやっていれば良かったか」
「国木田、それは絵面がやばいからやめときなぁ…妾の役目だよ」
「え、絵面……ッ」
顔を青くして固まった国木田さんに、与謝野先生とクスクスと笑う。
「ん?そういや蝶、あんた言ってもここの誰よりも歳上だろう?なのになんで事情を知ってた太宰にも、普段あんな風に敬語なんだい?」
与謝野先生の質問に国木田さんも気になったのか不思議そうな顔をしている。
よっぽど焦らされた時か甘えたい時…それか友達に対してくらいしか、私は敬語を外さない。
最近は中也さんの甘やかしのせいであの人にはついつい外れかけてしまうのだけれど、それでもやっばり敬語の癖は抜けきらない。
まあ抜けきられても困るのだけれど。
『言ってませんでしたっけ?蝶って名前、今の私になってから中也さんが付けてくれたものなんです』
「ああ、それなら聞いている。名付けと育ての親だということくらいはな」
『はい、その通りで…私が転生して少し経ってから、白石蝶が生まれたんです。私は生きてる年数だけを考えてしまうと本当にとんでもない年月になっちゃうんですけど、蝶はまだ十四歳なんで』
ヘラリと笑うと、与謝野先生と、どこから現れたのかナオミさんが、ロマンチックだと声を揃えて言う。
「ろ、ロマンチック?」
「国木田君には分からないかぁ…その考え方も、素敵帽子のおかげなんだろう?」
『ふふっ…はい』