第10章 名前を呼んで
与謝野先生の声に全員テーブルの周りに集まって、既に各自手にしていたクラッカーを構えて、扉が開くのを待つ。
ガチャ、と小さな音を立ててドアノブが回され、ゆっくりと扉が開ききる。
そしてそこに現れた赤い着物姿の女の子を確認して、皆で息を合わせてクラッカーの糸を引き、クラッカーの音に反応した鏡花ちゃんが顔を上げた。
「せーーーのっ!」
「「『鏡花ちゃん、入社おめでとう!!!』」」
頬を赤く染める鏡花ちゃんに、皆笑顔で歓迎する。
大きく目を見開かせてきらきらと輝かせる目は本当にただの女の子のもの。
殺しを強制されて生きてきた子にとって、恐らくこんな出来事は初めてのようなものなのだろう。
敦さんが更に中に入るよう誘導して、皆それぞれ好きな飲み物を取ってから大きく乾杯し、谷崎さんお手製の数々の料理を堪能していく。
敦さんは鏡花ちゃんの大好物であるという湯豆腐を作っていたらしく、それを鏡花ちゃんの元に運んでいた。
わいわいとそれぞれが鏡花ちゃんの入社を歓迎しながら、笑い合って歓迎会を楽しむ。
社長も心なしか微笑んでいるように見えた。
私のところには谷崎さんが料理を運んできてくれて、大丈夫だと言ったのだけれどいいから、とやはり大人しくさせられる。
料理くらい自分で運べるのにな…なんて思いつつも、お言葉に甘えて食べさせてもらった。
『あ、美味しい。これ谷崎さんの手作りなんですよね!』
「気に入ってもらえたようで良かったよ」
会話を交わしながらそれぞれの料理を食べていって、美味しく美味しくいただいていく。
谷崎さんが料理上手だとはナオミさんから聞いていたけれど、こんなに上手だったなんて想像もしてなかった。
『また今度、ちゃんとケーキは作ってご馳走しますね』
「本当かい?太宰さんから蝶ちゃんの料理の腕は聞いてたからそれは嬉しいね!…って、蝶ちゃんもしかしてもうお腹いっぱい?」
『え、結構食べましたよこれでも。ほら、谷崎さんに持ってきていただいたものは全部ちゃんと…』
箸を置いた私にキョトンと谷崎さんが満腹なのかと問う。
私にしてみれば食べた方だ、中也さんのいないところでここまで食べるだなんてこと普通はないし。
あの人がいたら無理矢理にでもいっぱい食べさせられるのだけれど。
「あんまり蝶ちゃんがご飯食べてるの見たことなかったけど…もしかして少食?」