第10章 名前を呼んで
『名前……って、なんでまた?』
「俺が勝手に付けたその名前は、言ってみれば後付けみてえなもんだろ。昨日からずっと考えてた。お前の親が育ての親だっつっても、そいつがお前からすれば本物の親だ」
中也さんの突然の質問にキョトンとしながらも、言いにくそうに少しだけ顔を顰めている中也さんを見る。
そんな事、今更考えなくって大丈夫なのに。
澪と蝶は、身体はとっくに別物なのに。
昨日のわがままが中也さんを悩ませてしまったのだろうか。
今の私の育ての親は、他の誰でもないこの人なのに。
「今まで元の名前で呼んでもらうのを我慢してたんなら、いっそそっちの方がいいんじゃねえかと___『中也さん』な、なんだ?」
『私の育ての親は中也さんで、名前をつけてくれたのも中也さんだよ』
中也さんの顔を覗き込みながら、小さく、しかしはっきりと彼には聞こえるように意思を伝える。
『澪は確かに私だけど、折角蝶は十四歳にまでなれたのに…蝶のこと、捨てちゃうの?』
「!…い、いや……そういうわけじゃ…」
『今私が生きてるのは、中也さんが蝶って名前を付けてくれたからでしょう?悩ませちゃったんならごめんなさい…でも、私が死なないようにって……死んだら終わりが来るんだよって付けてくれた名前を、そんな簡単に捨てちゃわないで』
ハッとしたような表情になって、中也さんも私の目を見てくれる。
「……そう、だったな。悪い、らしくねえ事言っちまって」
『ううん、中也さんが優しいのはいつもの事だから。私の事をそのまま大事にしてくれてるんでしょう?』
「なんか二股かけてるみてえに思えてきてるがな」
『両方私なら大丈夫だよ、中也さんも私の事大好きだね?』
悪戯に少し歯を見せて笑ってみせると中也さんは口元を押さえてバッと顔を逸らしてしまった。
今度はほんのりなんかじゃなくって、完全に耳が真っ赤になってる。
中也さんがここまで照れるだなんて珍しい、仕返し成功なのかなこれは。
「た、たりめぇだクソッ…お前今日帰ったらマジで覚えとけ、覚悟して帰ってこいよ」
『なんで家に帰るのに覚悟なんてしないといけないんですか、嫌ですよ』
クスクス笑って返せば、何故だか中也さんにポンポンと頭を撫でられた。
「…………お前本当可愛いわ、そういうところはまだまだ子供なのな」
『どういう事です?』
「大人の話だ」