第10章 名前を呼んで
「き、機嫌直してくれって蝶、俺も流石にそういう事情は知らなくてだな」
『問答無用、中也さん最低』
電車のシートに座って、窓の外を無心で見つめながら返す。
『……中也さんはもし私が小さかったら、ステータスとやらが無いって判断してたの?』
「んなわけねえだろ、何言ってやがる…それならそれででかくしてやれるから気にしなくていいんだよそんなもん」
『結局好きなんじゃないですか、これだから男の人って…』
「は?…蝶、お前何か勘違いしてねえか?」
勘違い?と中也さんの方を向くと、変に真剣な眼差しで見つめられていて、何故だかこっちの方がドキドキしてきた。
何も言えなくなって口ごもっていると更に中也さんの顔が近付いてきて、少し後ずさる。
「痴漢だとかナンパだとかするような奴らは確かにそうだろうが、俺はお前だからこそそういうところを意識するし、お前じゃなかったらんなもん興味もなけりゃステータスでもなんでもねえよ」
『わ、分かった…分かったから離れて下さいッ、ここ電車の中だから…っ』
「分かったならいい。つか俺がそんな男なら今頃あの英語教師に持ってかれてんだろ普通」
『そ、それもう前に解決したからぁ…ッ、離れてって言って……っ!!』
顔が一気に距離を詰めてきたかと思えば、また耳元に口を寄せてきて、反対側の耳の方に手まで回されて、私の方から離れられなくなってしまう。
本当に弱点だらけだ、この身体。
触れられる相手が中也さんになると余計に過敏に反応してしまって仕方がない。
「お前本当俺の事好きだよな、心配しすぎだっつの」
『してな…ッ、離れてってば……!』
「否定しねえあたりが蝶らしい……はいはい、悪かったよ意地悪して」
スッと中也さんが耳元から離れて、はぁ、と止めていた息を吐き出した。
こ、この人いつか絶対仕返ししてやる、絶対反省させてやる。
悶々と頭をグルグルさせていると、中也さんが、もう離れているのに小声で私に話しかけてきた。
「なあ蝶、お前さ」
『な、なんですか?言っておきますけどまた変な話するんなら…』
違う違う、と言う中也さんに再び首を傾げてそちらを向く。
少し言うのを躊躇ったのか口をつぐんでいたのだけれど、間を開けてから思いきったように再び口を開いた。
「お前、名前は蝶のままでいいのか?…親からもらった名前、ちゃんとあるんだろ」