第10章 名前を呼んで
『…ん……ッ、怖、かった』
「ああ、分かってる…次の駅で降りてさっきの奴突き出して事情聴取する内に電車も空くだろ、次は離れねえようにする」
素直にそれに安心して、再びコク、と頷いて中也さんに甘えるように抱きつき続ける。
知らなかった、電車ってこういう事があるんだ。
痴漢だなんてものも私は今まで知らなかった…というか電車に乗ること自体が無かった。
他の世界なんかじゃ人と関わってても能力を使い続けていたし、公に使っていても何も問題は無かったから、こういうところにはやはり疎いものがある。
次に学校に行く時から、どうすればいい?能力を使わずして、どうやって普通に行けばいい?
中也さんがいないところで、一人で電車になんて乗っていける?
公共の交通機関やこの世界における普通の生活に関する情報が少なすぎて、頭の中を心配事と情けなさが埋め尽くしていった。
それを誤魔化すように中也さんにひたすらついていると、彼も何かを考えているのか、もう何も声を発しなくなった。
だけど手つきは優しいままで、ただ私を安心させるように、電車のアナウンスが鳴るまで私を撫でてくれていた。
「痴漢は犯罪だとかでかでかと掲げてやがるくせしてあんな生温いもんになるかよ普通、俺ならその場で殺してやってもいいくらいだぞあんなもん」
『それで一々殺してたら死刑だらけになっちゃいますよこの国』
「そんくれえ重たくしてやらねえと減らねえだろどう考えても。ただでさえ多いらしいのに、お前みてえな奴恰好の的だぞああいう奴らからしてみたら」
『…なんでああいうのばっかり。この国よく分かんない』
ポソリと呟いた声に中也さんがパチクリと目を丸める。
「お前、今まで他の世界でああいう奴らに会ったことねえのか?」
『電車なんてものが無い世界か、能力を使ってても違和感のない世界ばっかりだったから。それに誰かとゆっくりどこかに出かけるだなんてこともあんまりしてこなかったし…なんでそんな事を?』
中也さんの質問の意図するところが分からなくて聞き返すと、寧ろ向こうにえっ、と驚かれた。
「いや、だってお前みたいな…」
『私に何か問題があるって言いたいんですか中也さん?』
「そうじゃなくてだな!?……ッ、お前は自分で思ってる以上に綺麗なんだよ。そこだけはちゃんと自覚してろ、危ねえ事もあんだから」