第10章 名前を呼んで
中也さんの言い方は相変わらずずるい。
恋人にとか、具体的な関係を強調しないくせして、何を言いたいのかを私に深く分からせる。
結局自分が持ちたい…というか持ってあげたいってだけなくせして、華を持たせろだなんて言葉を使って、私を逆らえなくさせるんだ。
『…それくらい持てるのに』
「女が持ってんじゃねえよこんなでけえの五箱も。つかそれ以前に怪我人だろがお前、それ以上言ってたら電車ん中まで横抱きににして行くぞ」
『!?い、いいです!!!』
よくよく見ると今頃になって気がついたのだけれど、元々歩幅だって中也さんよりも小さい私にいつも合わせて歩いてくれていて、今日はその上更にいつもよりゆっくりな私に合わせて歩いてくれている。
いつもよりずっとずっとゆっくりなのに、隣を歩いていってくれるだなんて、正直中也さんの性分からしてみると考えられもしないような心配りだ。
鈍感だ鈍感だって思ってたのに実際は私の事を誰よりも見てて、誰よりも気遣ってて…女の子として見てくれてる。
女の人のことといえば太宰さんだと彼は言うけれど、ここまで普段から心配りを徹底しているような中也さんこそ、私からしてみれば出来る人だ。
……こんな人に釣り合うような、相応しい人間なのだろうか、私は。
また何か変な輩に狙われてるとかで巻き込んで、結局中也さんを苦しめているだけなんじゃないだろうか。
この人はこれでいて根は本当に優しい人だから、そんな事ないって考えちゃうんだろうけど。
駅のホームに着いて、中也さんの後ろに並んで電車に入るのを待つ。
「うわ、これ丁度人が多い時間になっちまったな…シートに座れそうにねえけど大丈夫かお前?」
『大丈夫、もう多分結構マシにはなってきて……ッ、』
「うお、ッ」
中也さんの言う通り、かなり人が混雑している時間帯。
列を作っていた前の人に合わせて電車に乗ると、人が一気に中になだれ込んでいく上に元々乗ってた人も多いため、中也さんとはなれてしまった。
多分私の買ったケーキをあれだけ持ってて、それこそそれに気遣って中也さんは身動きが取れないような状態だ。
人混みでトレードマークの帽子すら見えないのだけれど、高く積み上がったケーキの箱だけは見えるから。
電車の中での会話は断念か、とため息を吐いた時だった。
『……ッ、?』
刹那の違和感。
気の所為だよね……?