第10章 名前を呼んで
ホールケーキを注文したという事に少し驚かれて、チョコプレートに何か書くかと尋ねられる。
『そうだね…入社おめでとうって、全部お願い。あと、出来れば兎の顔なんか書いてもらえると嬉しい!』
「「「入社??」」」
首を傾げる皆にうん、と続ける。
『昨日、入社した後輩ちゃんの…言ってもまだ一つ下の子なんだけどね。今日はその子の歓迎会があるから、ここでケーキ買っていこうと思って』
「ぶ、武装探偵社の歓迎会に…!!」
何故だか突然はりきり始める磯貝君は、チョコプレートに綺麗に文字を書いていく。
男の子なのに器用なものだ、あんまり出来る人なんていないだろうし……やっぱりイケメンだ。
溢れ出るイケメンオーラにその場の全員が圧倒され、少ししてから磯貝君は、ホールケーキとロールケーキを箱に入れて、持ちやすいよう袋にまとめてくれた。
「これ、五箱もあるから二つに分けといたけど…こんなにいっぱい持てる?」
『うん、大丈夫!ありが…「阿呆、んな持ってたらお前転ぶぞ」あ、阿呆って……え、ちょっと中也さん!?』
私が持つはずだったケーキを全て中也さんが持ち上げてしまう。
これ、私が勝手に買ったやつなのに。
中也さんに持ってもらうだなんてそんな事させられない。
『それ、うちの社のやつですし、私の荷物だから私が…』
「だから、黙って甘えてろっつってんだろが?今日はお前は甘えねえとダメな日だぞ、分かってんのか」
『あ、甘えるとかそういうのじゃなくてですね!?……って中也さん待って!そんな全部持ったまま出て…!皆ごめん、バイバイ!またね!!』
慌てて皆に手を振ってから、先に歩いて出てしまう中也さんの背中を追いかける。
中也さんの行動には私だけでなく誰もが呆然としていて、魂の抜けたような声でまたねと返されるのみだった。
『ね、中也さん!せめて片方くらい…ッ』
ピタリと止まってこちらを振り返り、中也さんは腰を屈めてグッと顔を近付けてくる。
この人、私がいきなりされるのに弱いって分かっててやってるんだ、絶対そうだ。
「お前、あいつらに会って忘れてねえか?これ、一応デートなはずなんだが」
『わ、忘れてないです…ッ、でもやっぱり罪悪感凄いから私に……』
「やっぱ阿呆だお前は。こういう事くれえな…男に甘えて華持たせろっつうの」
中也さんの耳はほんのり赤く染まっていた。