第10章 名前を呼んで
右手、というのは私の胸を掴んでいた方の手の事だろう。
なんでこの人、こういう時になるとこんなにおかしくなっちゃうかな。
『もういいですから、とりあえず首領と皆に謝って。中也さんの光景が異様すぎて、怖くて皆ここ通れなかったんですよ?』
「……すんません首領、取り乱しました。お前らも悪かった」
「う、うん…で、君が蝶ちゃんに何かをやらかしたというのはよく分かったけど、そんなに大変な事をしでかしてしまったのかい?」
何も知らずに傷口に粗挽きタイプの塩胡椒を塗り込むような首領の言葉は、中也さんの胸に巨大な矢となって突き刺さる。
「………男としてあるまじき事を『ほんともういいから中也さん静かにして』…」
中也さんの返答と私の反応から何かを察したのか、立原と首領が引き攣り笑いになる。
黒服さんたちは場の空気に耐えられなかったのかそれぞれの持ち場に移動していき、樋口さんは私の方に歩いてくる。
「蝶ちゃん…何されたの、ちゃんとお姉さんに言いなさい」
『い、いや、さっきのは中也さんも不可抗力だったっていうか仕方なかったっていうか…私が焦っただけっていうか』
口をもごもごさせる私に、樋口さんはいいから言いなさいと続ける。
『…………あ、朝起きたらその…多分寝惚けて、中也さんが……胸、触ってただけです』
口にした途端にその場の空気が固まった。
ゆらりと樋口さんが私から離れて、な、成程…と顔を青くする。
「……中原さん、きっと挽回のチャンスはこれからあります、きっと」
「そ、そそそうだよな姐さん!!とりあえず蝶とデートでもして気を紛らわせ『デート!!?』うおっ、どうした!?」
立原は多分、私の機嫌を良くするためにそんな言葉を発したのだろう。
けれど今の私からしてみたらそんな単語一つで顔を赤くしてしまうような状態だ。
で、デート…中也さんとデート……本当に中也さんとデート!!?
『ち、ちち中也さんとデート…っ?食べ歩きじゃなくって、デート……?』
修学旅行での駅中の時を思い出して、口元を押さえながら口に出す。
すると中也さんは顔色を元に戻してから、いつものように私の頭に手を置いた。
「………行くか?どっか、お前の行きたいとこ」
『!!…デー、ト……?』
「正式なのは初めてだがな」
『行、行く……っ、行きます!!』
中也さんとの初デートが決定した。