第10章 名前を呼んで
「熟知って、またなんでだよ」
『相手は最終的にどこかに逃げて行っちゃったけど、私の移動能力は知らなかったらしいし、多分壁にすら気付いてない』
あの男の子を思い出す。
いつかの零のような、殺しを強制されていたようなあの悲しい目。
あの子は恐らく、本当に自分の命を守ろうと必死だっただけだ。
私みたいな身体ならともかく、一回死んじゃったらもう終わりなんだから。
『その上、相手は本気であのまま私が死ぬのを予想して逃げたはず…実際は中也さんと殺せんせーが助けてくれたけど、そうでなくともあの殺し方じゃあまだまだ甘い。私の身体の事を知らないのはまず間違いない』
「!成程…そいつの目の前で怪我でもしたか?」
『してないから、多分そこもバレてない…だけどなんで組合の拠点にまで乗り込んで私を殺そうとしたのか引っかかる。だから個人で情報を___』
言いかけたところで、私を包む中也さんの腕に力が入った。
「…頼む、やめてくれ。確かにお前は強いけど、それで本当に捕まっちまったら元も子もねえ。相手の目的がお前を殺すことだってんなら尚更だ」
『じ、情報収集だけでもしておいた方が…』
「お願いだ、出来るだけもう無茶な事はしないでくれ…お前の命はもう、お前だけのもんじゃねえんだよ」
私の命…恐らく中也さんは、蝶の命は勿論の事、私自身のこの死ねない命の事を指して言っている。
この人は優しい人だから、どこまでも私を心配して、自分の事のように考えて……いいや、これも違う。
一緒に背負ってくれているんだ。
自分のものだと言ってくれているんだ。
考えているだなんてものじゃない、そんなレベルの気持ちで、この人は私の事を考えるような人じゃない。
『……分かった、大人しくしとく』
「ああ、そうしてくれ…まあでも、お前を殺すのが目的だってんならまずあのイカれた科学者じゃねえのは間違いねえだろ。そしてそう考えると、多分相手はもうあの枷は使えねえはずだ」
中也さんの分析に、どういう事?と首を傾げる。
「ん?…そうか、そういや知らなかったんだな。今日俺が壊したあの首輪、あれは四年前の物と全く同じものらしい」
『!……え、それってどういう…』
「組合が持ってたあの枷は、たまたま手元に残っていたってだけのもんなんだよ……どういう事か分かるか?」