第6章 高砂百合。
正しいスペルを教えると、キラは「あ、なんだ、そういうことか」と苦笑いを浮かべた。
(まったく…だから論文でいつも注意されるんだ)
ダモクレスの論文の誤字脱字チェックはとても面倒だ。
しかし、彼の発想は面白く案外勉強になる。
何を考えているのかわからないことも多いダモクレスの論文を一番に読めるというのは、悪くないことだった。
「キラ」
「はい、なんでしょう」
「…温室の中の物置小屋の脇に生えている百合のことを知っているか?」
「物置小屋の脇ですか? 花壇ではなく?」
「ああ。雑草と一緒になって生えていた」
セブルスの言葉に、キラはほんの少し思案する。
(雑草と一緒に……あ、もしかして)
「それって、去年はありましたか?」
「いや」
「だったら、おそらくタカサゴユリです」
聞きなれない名前に眉を潜めれば、キラがにっこり笑う。
「セブルスの育てている百合の亜種、と言えばいいでしょうか。変異しやすい種で、見た目も全てが同じというわけではありません」
日本では雑草として見られることもあるんですよ、と言うのでセブルスは驚いた。
「百合が、雑草だと?」
「ええ。高砂百合は球根ではなく種で増えます。多年草ではないのですが、気付けばあちらこちらに種を飛ばして増えて行くんですよ」
セブルスが育てているイースターリリーは、鉄砲百合という日本の品種なのだが、高砂百合はそれに良く似ている。
近い品種のため、気付けば交配してどんどん亜種が生まれるらしい。
「セブルスの百合には近づけない方が良いのではないかと思いますが…」
「……」
雑草とはいえ、百合は百合。
抜いてしまうのは気が引ける。
「本当に高砂百合か、明日の朝見に行ってみます」
「…ああ」
雑草であれば。
あたり一面百合の花畑、というのも可能なのだろうか。
セブルスはそんなことを考えていると、マダムピンスと目が合った。
「……」
どうやら話し声が届いてしまったらしい。
キラは慌てて口をつぐみ、教科書を立てて顔を隠した。
セブルスも追い出されては困るので、何事もなかったかのように書物のページをめくった。