第12章 本能寺(長谷部の章)2
「その前に、山伏と御手杵に話を聞いてくる。それにしても、君たちが文字を書けないってのは誤算だったなあ」
筆談が出来ない。
まさかそれがこんなにも困ることになるとは。
部屋の隅で、長谷部と薬研は座ってうなだれている。長谷部にいたっては、つらそうにしているかと思えば、目の焦点があわなくなったり突然立ち上がったりと「躁鬱が激しい人」のようだ。が、審神者の見解はまた少し違う。
「意識や意識がまだらになっている」
そういう言葉をこういう時に使うのだと束穂は初めて知った。
「もどかしいだろうが、今はまだ寝ないで欲しい」
審神者の言葉におとなしく首を縦に振る二人。
「山伏と御手杵に話を聞いてくる。束穂、二人を見ていておくれ」
「はい」
何かあっても、今の二人は声を上げられない。他の刀への影響がわからないからと隔離されていれば、彼らを守る者は審神者か自分しかいない。
審神者を見送ってから、束穂は二人の様子を確認した。
部屋の隅で胡坐をかきなおし、束穂を手招き薬研。
「はい」
近寄れば、ぱくぱくと口を開け閉めして、何かを伝えようとしているようだ。
薬研は三文字だけの言葉を、三度ゆっくり繰り返す。
口の形から、彼が「ご」「め」「ん」と言いたいのだということに気づき、束穂は眉根を潜めた後、笑みを作った。
「いいえ。早く戻れるといいですね。疲れたでしょうに、眠れないのは大変でしょう」
それへ薬研は首を振った。大丈夫、という意味だろう。
一方の長谷部は、静かに唇を引き結んで畳を見つめている。
(刀身に戻ってしまったら……小狐丸さんのように戻ってこられるのだろうか)
一度戦で「折れて」しまった刀は、再び本丸に現れた時に当時の記憶を持っていなかった。
折れずにただ「顕現が解かれた」小狐丸は記憶を持って戻ってきた。
だが、過去に「顕現が解かれた刀が同じ本丸に記憶を持ったまま戻ってきた」実績はない。束穂はそのことに気づいていた。
長谷部も薬研も今は様子が違うけれど、普段はとても聡い者達だ。もしかしたら、彼らもまたそのことを気付いているかもしれない。
「お茶は、飲めますか」
先程の審神者との問答ではないが、飲食はまだ出来るのだろうか。
不安に思って言えば、二人は手をつけていなかった茶を静かに飲んだ。僅かだが、束穂の心は軽くなった。
