第12章 本能寺(長谷部の章)2
長谷部と薬研の「おかしい」は一見してはわからないものであったが、かなりの重症と言えた。審神者の声がけに長谷部ではなく山伏が返事をした時点でおおよその予測は出来たが、彼ら二人は声を失っていたのだ。
ひとまず、宗三も加州も遠ざけて、長谷部と薬研、それから束穂を自分の部屋に連れて行って、審神者は彼なりに推測をした現状について口にする。
「付喪神としての顕現が揺れている。本来の刀身に戻る兆しのひとつなのだろう」
刀達に聞けば、刀身でいても「見る、聞く」は出来るのだという。それは、彼らが時折口にする過去の思い出話を聞いても明らかだ。しかし、「話す」はもともと出来ない。
その理屈から行けば、ものを食べることも排泄も、それこそ手足を動かすことだって、内臓の動きだってそうじゃないかと束穂は思ったが、審神者の説明は相当ぼんやりとしていた。
「存在というのは、強いイメージが大切だ。人らしいと言われた時に思い描くのは、心臓が動いているとか血液が流れているとかではなく、どっちかというと言葉を話すということじゃないかな」
「そんな曖昧な……」
「納得いかないかい?だからこそ、我々は永久に魂というものの真実の姿を知ることは出来ないのだろうね。有機物のものも無機物のものも」
「だって、わたしが知っている、彼らが『去る』時は、一瞬で消えていました」
不満げに言う束穂の言葉を、決して審神者は否定をしない。
「うん。それが本来の姿だろう。多分、自分達の時代にいる本来の自分にひっぱられたんじゃないかな」
「ひっぱられる」
「魂というものは、器から離れると解き放たれて自由になるけれど、その存在の安定は器があるほうが余程楽と言うんだよね。わたしは体感するようなことは出来ないけれど。それは、この道を歩んだ先人みなが口を揃えて言う。彼らは刀の姿から人の姿に化けたような形になっているが、そこに本来の自分の姿である刀身があったら、魂はその器に入ろうとか、その形に戻ろうとする」
「そうなのですか」
いまひとつわからない、という顔で束穂が言えば、審神者は苦笑いをしつつ説明を続ける。
「先人達の見解だけど、魂に関する研究は終わりがないし、証明も出来ない。でも、それらの研究に基づいてわたしは彼らを顕現させているからね。信じて、過去のデータを洗って対処法を考えるよ」
