第11章 本能寺(長谷部の章)
「んっ……?」
「あ……」
と、ほどなく審神者と束穂は同時に声を上げた。
誰かが「道」に入ってきた。それは、彼らにとって「見えないけれどわかる」まことに頼りない、けれども間違いない情報だ。
「長谷部達が道に入ったね」
その審神者の声を聞いて、控えていた宗三がほっと息を吐く。が、束穂はちらりと審神者を見た。それは、道に入ってきた刀達の様子がいつもと違うことに気づいたからだ。案の定審神者の表情は厳しい。
「これはまいったな。負傷者はいるが、それより」
「はい」
「付喪神としての顕現が弱っている」
「どういうことですか」
「放っておけば刀に戻ってしまうよ。このままでは」
もう一度「どういうことですか」と束穂は聞きたかったが、表情を強張らせている審神者を見ては、今はやめておこうと己を制止した。
「長谷部!」
やがて、本丸の門に続く「普通の道」に人の姿がうっすらと見え、先頭を歩く長谷部を3人は確認をした。長谷部の名を審神者が呼べば、それへの返事は長谷部ではなく、その後ろにいた山伏が返す。
「遅くなって申し訳ござらぬ!」
たったそれだけのことで、様子がおかしいと宗三も思ったのだろう。駆け寄ろうと彼が一歩踏み出そうとしたその時、審神者の腕が彼を遮った。
「君は……君達刀は近寄らない方が良い。問題がないとわかるまで」
「それは、どういう……」
「様子がおかしいのは、長谷部と薬研だ。戦いで怪我を負ったのは鯰尾だね。御手杵が背負っている。山伏がいてくれてよかった」
長谷部と薬研。
それは、つまり。
宗三は薄い唇を噛みしめ、着物の胸元を握りしめた。
それはなんて人間らしい振る舞いなのだろうと思いつつ、束穂はそっと彼の腕に手をかけ
「あなた方の主が感知しているということは、何が起きているかわかっているということ。ならば打つ手もあるでしょう」
「だと良いのですが……」
「宗三さん」
「今、どうしようもなく僕は……いえ、事を聞いてからですね……それでも」
宗三は言葉を切って、束穂に聞こえぬように――きっとそれは彼としては独り言、あるいは声に出ていないと思ったであろうもの――ぽつりと呟いてから唇を引き結ぶ。
審神者が道を閉じるのに合わせて結界を解こうとしている束穂の耳に、ほとんど音になっていない「織田信長」という人名が掠れながら届いた。
