
第11章 本能寺(長谷部の章)

「織田信長の最期の場所なぞ、足を踏み入れるものではありません」
宗三は眉根を潜めて言葉を紡ぎだす。
「その場に、君はいたんだろう」
審神者の言葉に、宗三からの明確な答えはなかった。代わりに
「あの時、薬研は安土城におりましたし、長谷部はとうに黒田家に引き渡された後。長谷部にとっては当時は既に主ではなかったのですから、今日の出陣にそこまで問題はないと思っておりました。薬研は……自ら今日は行くと志願したので、一度止めたのですが」
「……それとこれは、関係があるかどうかはわからないよ」
「だと良いのですが。薬研は信長のことを口にしたことがなく、どういう思いを持っているのか僕には……」
「宗三」
審神者は立ち上がると、宗三の前に座り直した。
「現代の我々は、刀というものを持つための覚悟や何やらも足りず、特にわたしなんぞは主としてはどうにも頼り甲斐もなく、ただ君達を戦わせるだけで君達の本来の価値すらよくわからない学識や見識も薄い駄目な主ではあるが」
「そんなことは」
「少なくとも、ここにいるからには誰も他の者に君たちを渡すことはないし、もし、君たちがわたしを見限ったときは言葉にしてくれても構わない。そして、見限られても、わたしは君たちの誰のことも大切に思い続けるよ。身を削って戦ってくれている君たちに対して、それぐらいしか出来ないけれど」
宗三は少しだけ驚いたように軽く目を見開き、それから目を伏せた。
「十分に。日々、共に過ごさせていただいているだけで、それは十分、わかっているつもりです」
「ありがとう」
「気にしすぎだよ、そんなの」
加州は肩をすくめる。
「誰だって自分の過去の主のことはさあ、あれこれと思うのはわかるけど」
その言葉に、ゆっくりと審神者は答えた。
「加州。君のもとの主もね、歴史に名を刻んでいるけれど」
「……」
「織田信長の苛烈さというか……関わった人々の人生を狂わせる力のすごさってのは今の時代でも伝わっているものでね。それは、人に限らず」
遮るように宗三がぽつりと呟く。
「何故あの男が僕を傍に愛でたのかはわかりませんが、少なくとも手放された長谷部は、僕のように愛でられたかったわけではないということはわかります」
「きっとそうなのだろう。長谷部に、昔の主の話を聞いたことは一度もないけれど、わたしに対しての彼の態度を見れば見えてくるものがないわけではない」
