第11章 本能寺(長谷部の章)
刀達は、それぞれ生きた時代に足を運ばなければいけない者もいる。
そういう時は、誰もが複雑な思いを抱えての出陣となり、顔に出さなくとも審神者もそれへ苦悩をしていることを束穂は知っている。
が、彼女は「自分が知るべきことではない」と深入りをしないし、今日の出陣はいつの時代のどこへなのかなど、自分から聞いたことすらなかった。
その日、静かに本丸の廊下を歩く小夜の姿を見つけた。手には、野で摘んだのだろう小さな花を持っている。
束穂が声をかけようかどうしようかと思っていると、彼女をみつけた小夜の方から珍しく駆け寄ってくる。
「束穂」
「小夜さん。綺麗なお花ですね」
こくりと小さくうなずいてから、小夜はどう言葉にすればよいかと少し迷った様子を見せた。
「あの……花……花をいれる器が欲しいんだ」
「小さな花ですから、花瓶ではなく、おおぶりのグラスに飾ると良いかもしれません。短刀のみなさんのお部屋に?」
「違う……宗三兄様に」
「そうなんですか。お兄さん思いなんですね」
束穂は小夜の前に立って台所に向かった。その背に小さな呟きが届く。
「本能寺には行かないって……ご自分で決めたけど、なんだか元気がないから……」
「きっと、お喜びになりますよ」
本能寺に今日は行っているのか。
その情報は束穂には初めての物だったけれど、驚きを外に出さないように心掛けた。
二人は台所のテーブルにグラスをいくつも並べて、頭を付きあわせて悩んだ。
あれこれと相談して、最後に綺麗な切子のグラスを選ぶ小夜。切子細工は口付近にはなく、光の反射や細工が花の邪魔をしない、お互いを引き立てあう良い器だと束穂には思えた。
グラスに活けた花を見て、小夜は嬉しそうにはにかみ、小声で「ありがとう」と告げて宗三のもとへと小走りで向かった。
束穂は、あまり宗三のこと、いや、刀達のことについて詳しくない。が、宗三は本丸のどの刀より浮世離れ――それは、奉納されていただとか、三日月のように長く生き過ぎているから、ということとはまた違って――して見える。
不思議な雰囲気の方だ、と審神者にふとした時に言い、彼から少しばかり宗三の過去を聞きかじったことがある。それを思い出した。