第11章 本能寺(長谷部の章)
怪我を負った姿を見るのは、いつになっても慣れない、と束穂は思う。出来れば、軽傷すら見たくない。勿論それが贅沢なことだとはわかっているが。
審神者に言われたように、彼らの手入れが大体終わると予想された時刻に合わせて、束穂は軽食の用意をしていた。
静かで穏やかな夜。本丸はみな寝静まっており、台所仕事も音を立てないようにと気を使う。
包丁は出来るだけ使わないように。キッチンばさみで済ませられるように。
そんな風に思っていたが、どうも誰かを起こしてしまったようだ。近づいてくる足音がかすかに聞こえる。
「束穂」
「長谷部さんでしたか。こんばんは。起こしてしまいましたか?」
「違う。そろそろ手入れが終わる頃だろうから」
「……みなさんを待っていらしたんですか」
「簡単に怪我をされては困る」
説教をするために起きてきたのか、と束穂は眉根を潜めた。もちろん頭巾の下だから、長谷部は気づかないだろうが。
「そうですね。困りますね。心配します」
「……」
長谷部が言いたい意味とわざと違うようにとらえた振りをする束穂。
一瞬だけ長谷部の目が細められたことに気づいたけれど、あえてそれは追及しない。
「みなさんの主は、みなさんのことが大切ですから」
「……ああ。俺たちに何かあれば、主がやり遂げなければいけないことに支障が出るからな」
束穂は、すぐには言葉を返さなかった。
そうではない、と説き伏せようという気持ちがむくりと心の中で湧き上がる。けれど、それは自分では役不足だと思う。
それにしても、何故ここに顔を出したのだろう、と思えば、長谷部はちょうどその答えを口にしてくれた。
「俺たちよりもいつも朝が早いのに、余計な仕事を増やして済まない」
「いいえ。わたしはその気になればいくらでも昼寝を出来ますから」
そうか。
それをわざわざ言いに来てくれたのか。
ようやく長谷部の真意に気づく束穂。
「絶対そんなことをしないだろうに」
「え」
「……ああ、そろそろ手入れが終わるな。悪かった。仕事の邪魔をしたな」
「いいえ、決して」
それだけ告げて、長谷部はさっさと台所を出て行ってしまった。