第11章 本能寺(長谷部の章)
夕食の準備を始める前に出陣組が戻ってくるのは珍しい。どうやら長谷部の部隊にいる山姥切と燭台切が軽傷を負ってきたようだ。
「やあ、束穂。早く帰ってきてしまったよ」
と笑っている場合ではないはずなのに、燭台切はいつも通りに振舞う。長谷部は呆れた顔を見せて
「手入れ部屋は空いているか」
「はい」
「燭台切、山姥切」
長谷部に促されて、二人は「そんな大したことじゃない」と言いながらも手入れ部屋に向かう。
「おかえり。おや、怪我をしてしまったか」
ちょうど部屋から出てきた審神者が手入れ部屋の障子を開き、ねぎらいの言葉をかけながら二人を部屋に入れた。
「束穂。夜中には治るだろうから、軽い夜食を作っておいてくれるかな」
「はい」
「長谷部、お疲れ様」
「申し訳ございません。二人軽傷でしたので、この時間に戻ってまいりました」
「うん。報告を聞こう」
「は」
長谷部を連れて部屋に戻る審神者。
束穂は、残った乱と鳴狐と共に二人を見送った。
「主命、絶対、だもんねえ」
と言って苦笑いを見せる乱。何を意図した言葉かわからず、束穂は尋ねた。
「何か?」
「前はさ。あれぐらいの傷だったらまだ行けるって言ってたんだよねー。みんなそう思ってるんだけど」
「そういうものですか」
「そ。でも、それは駄目ーって主命が下ってね」
乱は「ねー」と鳴狐に同意を求めた。お付の狐が「わたくしも聞いておりましたぞ!長谷部殿の部隊は、手入れが必要な時時間がかかりすぎるとのお話で」と補足をする。
「でも、そういう意味で言ったんじゃないと思うんだ」
わかる?と乱の目線が言っているように思え、束穂は困ったように返事をした。
「戦果のために無理をして、取り返しがつかないことになったらということですよね」
「そ。それに、長谷部は刀が折れた時の主の悲しみようを知らないでしょ」
鳴狐の静かな視線に気づき、乱は苦笑した。
「みんな知らないんだよ。本当に最初の頃の話」
人差し指を口元にあてて「しーっ」というポーズを見せれば、こくりと鳴狐は頷く。
「だけど、長谷部さんにはストレスじゃないかなー」
「そんなに戦いたいのでしょうか」
「戦って、相手切って、勝って、なんぼでしょ。刀は。それが一番主のためになると長谷部さんは心から思ってるよ」
そう告げると乱はさっさと部屋へと行ってしまった。
