第9章 本当の名前
「ぬしさま、ぬしさま」
審神者が二杯目の「美味しくない茶」を飲んだ頃、離れから戻ってきた小狐丸が大部屋に近づきながらあげる呼び声が響いた。
「おお、これはみな勢ぞろいで」
障子を開ければ、ずらりと刀達が集まる姿に小狐丸は目を丸くし、それから
「お邪魔でしたでしょうか?」
と軽く首を傾げてお伺いをたてる。
「いや。話し終わったのかい?思ったより早いなあ」
「多くを、こちらから聞かなかったゆえに」
当人にそう言われれば、自分達は詮索できないではないか、と刀達は軽く顔を見合わせた。
「そうか」
「何一つ、問題なく。あのように聡く優しい娘と、また一緒に時を過ごせることを喜ばしく思っております」
「そうだろうね。とても聡く、優しいので、とても静かに傷つく子だ」
「然り」
小狐丸は、刀達の前に座っている審神者の隣にすとんと腰を下ろす。
「みなに良くしてもらっていると言ってました」
その言葉には、歌仙がさらりと応える。
「よくしてもらってるのはこっちだと思うけどね」
「俺たちなんもしてねーもんな?」
同田貫がそういえば、みながうんうんと頷く。
その様子を見る小狐丸は、満足そうに微笑み続けるのだった。
その日の夜は仕入れが間に合わず、残念ながら小狐丸が所望したいなり寿司や油揚げは膳に並ぶことはなかった。勿論、小狐丸もそれに文句を言うわけでもない。
ただ、多くの刀と一緒に食事をするのは慣れない、とだけ困惑を見せた。
束穂はいつも通り夕食後に離れに戻り、ああ、疲れたとようやく一息つく。
食欲がわかない、と畳の上で大の字になって瞳を閉じる。
(小狐丸さんにまた会えるなんて……)
怖いと思っていた。
決して以前の本丸にいた三振りは自分を責めはしなかったけれど、口に出さないだけで本当は恨んでいるのではないかと思っていた。
出来ることならば、忘れていて欲しかったし、それが無理ならば素性を明かさずに知らない者同士として出会いたかったけれど。
(あんな風に、まるでお別れしたのが昨日みたいな……そのまま、何も時間経過を感じないように再会出来ちゃうなんて……)
一年以上経過した。
料理の腕もだいぶあがったし、以前よりもっともっと日常の生活を送るための知識もついた。言葉の使い方などは変わっていないかもしれないが、出来るだけ落ち着いた声音で話すように努力もしてきた。
けれど、一目で。
