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【刀剣乱舞】守護者の恋

第9章 本当の名前


「あー……」
嬉しいけれど、空回りをしている。
いつもそうだ。
いつも自分は、うまく立ち回れない……。
(でも)
話を終えた後、小狐丸は嬉しそうに笑って、けれど、束穂の名を何度か繰り返し呼んだ。
咲弥という名をもう呼べないのは残念だが、本当の名を呼べる方がもっと嬉しいものだと言うと、軽く尻尾を動かした。
咲弥。
もう、誰にも呼ばれないだろうと思っていた名前。
(あの名前は、あの方がつけた名前)
桜の木が好きだった、あの美しい審神者。
プロジェクト立ち上げで初めて会った時に、本丸用の名前をつけようという話になったことを束穂は思い出す。

「あなたに仕える身分ですので、好きなようにお呼びください」

束穂がそう言えば、彼女は困惑の表情を見せ、しばらくの間悩み、それからあれこれと質問をしだした。
弥生生まれだと言うと、春の花が咲きだす時期だと微笑んで、あの名前をつけてくれたのだ。

「咲弥。さや。刀達が戻る本丸を守るのだから、あなたは刀の鞘でもあっていただければ」

今も彼女の言葉は心の中で生きていて。
日々、本丸を心地よい場所にしようと心がけているのは、彼女に言われた「鞘」であれと己に言い聞かせているからだ。
けれども、あの美しい人と共にいた小狐丸も、もうあの名を呼ぶことはなくなるのだ。
あの名はあの本丸と共に消えて。
(もし、後の二振りがいらしても)
一度、二度は咲弥と呼ぶだろう。ただ、それだけ。

束穂は立ち上がって、離れの玄関に向かった。
がらりと扉を開けて外に出れば、空に月がぽっかりと浮かびあがっている。
「ああ……なんてことだろう」
深くため息ひとつ。
あんなに会いたくないと思っていたのに、今。
石切丸にも、三日月にも。
「束穂」と呼んでもらいたいという思いが一瞬だけ横切った。
それは、自分の弱さだ。
今更、何を望んでいるのだ。
許されたと思って欲深くなるなんて、本当に自分はどうしようもない。
束穂はすぐに部屋に戻り、もう一度「空回りしている」と呟くのだった。

第9章 完
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