第8章 本丸の最期
が、三日月はすぐに「いつもの」彼の様子に戻って、穏やかな表情を浮かべた。
「いや、すまぬな。本当は俺がみなのように早く消えてしまえば良いだろうに、なかなかそれをすることは叶わぬのよ」
穏やかではあるが憂いを含んだ笑み。それから、すぐに苦痛でその表情は歪んだ。
「三日月さん……」
人の体は修復を試みるはずなのに、一定以上傷はふさがらない。だが、現代に戻れば少なくとももっと強い鎮痛剤を手に入れられる。
束穂は意を決して続けた。
「あなたの体のことだけではなく、過去で生活をするには日数が経過しすぎています。現代に現身をおくことで、過去でも電気を使うことは出来ますが、食糧はもうすぐ底をつきます。この時代で使える通貨もなければ、わたしは狩りをしたこともありません」
「……ああ、なるほど」
「それに、わたしも、そろそろ」
そう呟いた瞬間、束穂の唇は小刻みに震えた。
「力の限界が」
それは、嘘だ。
けれど、唇がわなないて、見せたくない涙が両眼に浮き上がってきたのは、本当に「限界」だったからだ。
三日月がそれを察したかどうかはわからない。だが、束穂は「半分の嘘は見破られているかもしれない」と恐れた。
「わたしが、もう少しだけ、楽になりたいと言ったら、それはやっぱり我儘なのでしょう。わかっています。わかっているんです」
「そうか、そうだな」
ようやく理解した、と言いたげに、三日月は深々と頷いた。
痛みが続いているからだろう、三日月の額には玉のような汗が噴き出て、前髪がしっとりと濡れている。
「俺が生きている長い長い年月に比べれば、咲弥のこれまでの生など、本当に短いのだものな。いや、俺はもっと無理強いをするつもりであったが、石切の言う通り……」
「え」
「いや、こちらの話よ……戻るが良い。現代とやらに。咲弥がそれで本当に楽になるのならば」
本当に楽になるのならば。
それには自信を持って「はい」とは答えられなかった。
けれど、直後に三日月の体はぐらりと傾き、壁に肩をつく。
限界だったのだ。やはり。
束穂は彼の体を支えようと手を差し出そうとして、それを寸でのところで止める。それは、自分が触れたことによって彼が消えてしまうのではないかとそんな恐ろしい考えが頭を過ぎったからだ。
「……現代へ」
戻ります。
束穂は瞳を閉じ、力を行使した。
