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【刀剣乱舞】守護者の恋

第8章 本丸の最期


翌朝になっても、三日月の傷は出血は止まったもののただそれだけに見えた。
いつも穏やかな表情が曇りがちだ。だが、束穂に心配をさせたくないのか、それは彼自身の矜持なのか、痛みを訴えることも動きに支障を見せることも、彼は決してしなかった。
それでも、傷の具合を目で見ている束穂にはわかる。これ以上の出陣は、やはり見過ごせない。
朝食を終え、出陣の準備を終えた三日月は、審神者の部屋の前を訪れる。
そこへ束穂も足を運んだ。
「三日月さん」
「もう誰もあの樹が桜だなんて気にもしない季節になったな」
審神者の部屋前の縁側からは、桜の樹が一番よく見える。
「……はい」
生命の営みを着々と紡ぐ桜の樹は、出たばかりだと思っていた芽があっという間に膨らみ、若々しい黄緑色に枝を彩っている。
「現代に戻りましょう」
「咲弥」
三日月は首を横に振った。
「俺を失望させようというのかい?」
酷い人だ、と束穂は思う。
見かねて現代に戻れば三日月はを失望すると言う。けれど、このまま彼が折れるまで戦わせては、束穂の心には間違いなくこれ以上の深い傷がつく。どちらにしても束穂はこれ以上自分を苛み続ける結末しか残されていないというのに。せめて、三日月がこれを許してくれれば、少しは救われるのに。
それでも彼は束穂の肩に乗った荷を軽くしようとはしないのだ。
(あの方の遺言に従うために、わたしの心がどれほど傷ついても)
この人は構わないのだ。いや、人ではなく刀か……。
束穂は呆然と三日月を見た。
いっそのこと、今すぐ刀に戻ってしまえば良いのに。
そんな風に思えればどれほど楽だっただろうか。
「行ってくる」
三日月はそう言って束穂の横を通って玄関に向かった。
いつものようにいってらっしゃいと言えない束穂を振り向きもせず、己のやるべきことをやろうと彼は本丸から出ていこうというのだ。
「駄目……駄目です。もう、行かせません……」
うめくような声で束穂が呟けば、玄関に向かう彼の足がようやくぴたりと止まる。
「咲弥」
三日月の声音は、初めて聞くような、尖ったものだ。
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