第8章 本丸の最期
審神者が亡くなったその日から、本丸に侵入しようとする「何か」達は嘘のように来なくなった。
束穂は刀達が出陣している間、彼らの手で遺体を移された保管用棺の周囲を綺麗に整え、それから、審神者が普段使っていた日用品を整理した。
出会ってほどなく、束穂が衣類と共に箪笥に入れておいた香袋を気に入って、箪笥以外の場所にもと所望をしていた。そのおかげで、彼女が持っていた数少ない品は、すべてふわりと花の香が移っており、いつしかそれが彼女の香としてみなに認識されるほどになっていた。
彼女の物を整理していると、その香りに囲まれて、息苦しくも悲しくなってくる。
「あ」
刀達が帰ってくる気配に気づき、束穂は部屋を出た。
門から本丸の家屋まではそう距離はない。彼らを出迎えようとからからと玄関を開けた束穂の視界には、ゆっくりと歩いてくる二人の姿が映る。
二人。
いないのは、小狐丸。
「……ああ……」
つい、声になって出てしまう。
なんということだろうか。いってらっしゃいと見送ったあの瞬間が最後になってしまったのか。いや、頭の隅ではわかっていて、もしかしたら誰も戻らないかもと思い、すがるような気持ちで夕食を用意していたのだが、本当に……。
「ただいま、咲弥さん」
一人で玄関に戻ってきた石切丸。見れば、途中で三日月は庭の方へとふらりと行ってしまったようだった。
「おかえりなさいませ」
「二人になってしまったよ」
「……はい。小狐丸さんは、折れたわけではないんですよね?」
「うん。ただ、刀としてあるべき場所に戻っただけだ。昨晩、いなり寿司を食べられてことをよかったと言って……何も苦しみもなく、ただ、あるべき場所に戻ったようだ。だから、それだけは安心して欲しい」
そう言った石切丸の表情はいくらか普段よりも疲れているように見える。なのに、束穂への気遣いを忘れないその気持ちに感謝しつつ、言葉を返した。
「そうですか。少しだけ……少しだけ、安心しました」
「うん」
「お気遣い、ありがとうございます」
それへ、石切丸は軽く首を横に振って、履物を脱いだ。
束穂はどうしようかと悩んだ末、三日月のもとには行かず、一人分余ってしまった夕食をどうしようかと思いながら台所に向かうのだった。