第7章 咲弥という守護者(2)
いつか死ぬとわかっていても、それが近々だとわかっていても、人の命の灯火が消えるのが、こんなに突然だと束穂は知らなかった。
今までになく体調が悪そうでも、もっともっとゆっくり、何日もかけてその火は消えていくのだと勝手に思っていた自分の愚かさを束穂は呪った。
束穂が彼らの前に姿を現してそうほどなく、刀達と束穂が見守る中、審神者は床に戻って静かに深い眠りについた。
誰一人うたたねすらせずに、彼女の最期を看取るために薄暗い部屋で息を潜めたまま過ぎた数刻。
自分の呼吸音すら彼女の邪魔になるのではという緊張感と迫る別れと己の未熟に苛まされた、あまりにも濃厚なその時間、束穂は完全に言葉を無くして静かにしていた。
審神者の布団の周りをぐるりと三振は囲み、束穂は部屋の隅に近い場所からその光景を、うっすらとした月明りの下でぼんやりと見つめていた。
まるで自分は完全な傍観者で、彼らと関わっていることが間違いのように思える。
(そうだ。傍観者でいられれば、本当によかったのだ)
守護者の力なぞ振るわなくて済むような。
ただ彼らの生活を支えるだけの、何の力もない、何も知らない凡庸な人間としてここにいただけだったら、こんな気持ちにならなかっただろうに。
それから。
ぴくりと小狐丸の耳が動き、彼女の呼吸音が消えたことに気づいたのは明け方近く。
声を出して確認するのが恐ろしい、とばかりに、小狐丸の声は掠れる。
「ぬしさま」
応えはない。
美しい寝顔のまま苦しむことなく、審神者の体はそこに横たわったままで、完全に気配が消えていることが束穂でもわかった。
「逝ってしまわれたよ」
悲しげに呟く石切丸の声だけが響き、ほろほろと声もなく泣きながら小狐丸は審神者の枕元に静かに体を丸める。
三日月はしばらく彼女の寝顔を見つめていた。やがて、ゆったりとした動作で体ごと束穂の方へ向きを変えて
「咲弥」
「はい……」
「遺言とやらを、どこかに残したとおっしゃっていた」
しばらくの間、束穂は三日月をじっと見つめていた。
確かに自分は知っている。そうか、ということは、あなたではなくわたしに託したのか、彼女は。
それがどういう意味なのか、束穂には嫌と言うほどわかっていた。そして、きっと三日月もわかっているに違いない。